不安な和議



経正さんの所に行くと、すでに部屋には知盛さん、惟盛さん、時子さんや、あまり話したことのない忠度さん等の重臣の方が居た。

私は部屋を見渡して、そして重衝さんが居ないことに気付いた。


「重衝さんは、会議に参加しないんですか?」


経正さんに問う。


「重衝殿は、京の六波羅への視察の仕事がありますので…今はその準備の最中です」

「そうですか…」


視察って、一体何をするんだろう?変に思ったけれど、私は何も言わなかった。


「…では、始めましょうか」



***





「和議の為の使者が福原に来るそうです。源氏の使者としてたったのは、北条政子殿だそうですね」

「北条政子殿と言えば鎌倉殿の御正室。自ら敵地に赴くなど、なかなか出来ることではありませんよ」


経正さんと、時子さん。私は二人の話を聞いて、将臣君に問いかけた。


「福原って、ここだよね?」

「ああ。平家の本拠地だ」


…おかしい。敵の本陣に、棟梁の正室が直接向かうだなんて…

私の考えを代弁するかのように、知盛さんが口を開いた。


「……和議は福原で、か…負けたわけでもないのに、正室自らが敵地に出向いて…クッ、親切なことだ」

「なればこそ、こちらも礼を尽くしてお迎えすべきでしょう」

「経正さん…」


彼は何も疑うことなく、この和平を望んでいるようだ。


「北条政子殿は、単に頼朝殿の名代というだけではない。後白河院の院宣を受けておいでなのですから」


後白河院…法王様。この前神泉苑に私達を呼んだ人だ。平家にも源氏にも味方をしていない、中立の立場の人。


「あの、法皇の…」


将臣君はしばらく考えて、「一ノ谷の防備を構えろ」と言った。時子さんと経正さんは、敵対意識を見せると和議がまとまらないのではと言っていたが、将臣君は崖下に防備を固めるように言う。そこで、気付いた。

そうだ、一ノ谷…教科書通りなら、平家は負ける…


「崖下とは面妖な…騎乗の武者ならばあの崖は通れまい」

「…忠度さん、私も将臣君の意見に賛成です。備えていた方が安全じゃないですか?」

「そうそう、あくまで念のためですよ…和議がなるかもしれませんし」


私と将臣君の言葉に、忠度さんは反論する。


「平家の正面の陣は東の生田だ。生田の陣容こそ充実させるべきだろう!」


言い争っていると、突然部屋の空間が歪み、そこから子供の姿の清盛さんが現れた。

瞬時にみんなが黙る。


「…何を言い争っておる。敵は源氏、一族で争うではない。重盛、夕、そなたらは一ノ谷に備えが必要と思うのか」


私と将臣君は同時に頷く。忠度さんも何も言わなかった。


「一ノ谷には俺が行きます。忠度殿には雪見御所と尼御前たちをお願いしたい。源氏が攻めてきたら、生田の陣に退避していだきます。生田は…」


将臣君が言う前に、知盛さんがニヤリと笑う。


「俺だろう?源氏が来たら、赤い血の川を見せてやるさ…」

「…あぁ。頼む」


そして知盛さんは、私を見て言った。


「お前は、有川に着いて行け」


本当は、知盛さんと一緒に生田に行きたい。けれど…きっと私が居たら邪魔だ。


「…分かりました。私は将臣君と一緒に一ノ谷に行きます」


私と将臣君の知っている未来通りになれば、和議は成立しない。でもきっと平家は勝てる。


「和議はもう近い。みな、早急に準備するのだ」


清盛さんの言葉で、私達は解散した。




***





しばらくして。

一ノ谷と生田の陣に向けての準備は出来た。和議が成れば一番良いのだけれど…それはきっと無い。

経正さんは和議は成ると、源氏を信じているみたいだ。

将臣君も私も、経正さんには何も言えなかった…



***





「…あ、重衝さん!」

「夕様…」


みんなが準備で慌ただしくしている中、久しぶりに重衝さんを見つけた。重衝さんはどこか顔色が悪いように見える。


「…大丈夫ですか?」

「え…」

「なんだか、元気がないから…」


そう言うと、重衝さんは驚いて、そして力なく微笑んだ。


「貴方にそう言ってもらえるなんて…私は幸せ者でございます」

「…重衝さん?」

「そう、私は幸せなのです…」


小さく呟く重衝さんは、それきり何も言わずに。頭を下げて何処に行ってしまった。

どうしたんだろう…何か、嫌な予感がする。だけど、この時の私には、何も分かる筈がなかった…



***





そして。
ついにこの日がやってきた。


和議。

私と将臣君と経正さんは一ノ谷へ、知盛さんは生田に。

出発前、知盛さんは私の側に来て、顔を寄せてきた。驚いて目を瞑ると、耳元で囁かれる低い声。


「今回は有川に守ってもらえ…癪だがな…」

「知盛さん…」


知盛さんは小さく微笑んで、私の髪を撫でてから馬に跨がった。


「知盛、生田は頼む」

「言われなくとも…」


将臣君を一瞥して、知盛さんは兵を率いて生田へと向かった。

それを見送り、私達も一ノ谷へと向かう。

すでに戦闘準備はバッチリだから、いつ源氏が奇襲をかけてきても太刀打ち出来る。

私は腰の刀をぎゅっと握り、気合いを入れた。

みんなを守る。

必ず…絶対に。





20101030


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