予知夢



「………」

「敦盛さん、どうかしたんですか?」

「いや…何でもない」

「そう、ですか」


源氏に加わってからというもの、敦盛さんは心此処に在らずという感じだ。ずっと敵だった軍に入ったのだから仕方ないかもしれないけど…


「…最近の敦盛は、何やら抜けているようだな」

「あ、九郎さん」

「全く…気合いを入れてもらわんと困る」

「熊野に行くのに、そんなに気合い入れなくたって良いじゃないですか」


笑いながら言うと九郎さんは、まぁな。と微笑んだ。

源氏に入ることを良く思ってなかった九郎さんも、徐々に敦盛さんの事を認め始めている。敦盛さん自身もみんなに溶け込めているように思う。

でも、敦盛さんは遠い目をして考え込んでいる事が多い。


「まぁ、敦盛も熊野の清浄な空気でも吸えば元気になるだろう」

「うん…そうだね」


そう、私達は今熊野に向かっている。この源平の戦いにおいて、中立を保っている熊野に味方してもらいたいという願いを叶える為に。六波羅でヒノエ君と会えなかったから、この運命でヒノエ君とはまだ仲間じゃない。


「敦盛さん、熊野に着いたらみんなで海でも見に行きましょう?」


明るく言うと、敦盛さんは小さく笑った。


「ああ…そうだな」




***





神子の気持ちは嬉しい。私を気遣い優しく接してくれる。神子は清らかで気高い人だから、きっと私の様な者にも笑いかけてくれるのだ。

神子の笑顔は美しい。でも…


「敦盛君、星が綺麗だね!」


太陽の様に笑う夕の笑顔が、今も頭から離れない。

思い出すだけで、胸が締め付けられるように苦しい。

夕にもらったお守りは、今度は無くさないように首からかけている。

…夕に、会いたい…

平家を裏切った私を、貴方は怒るだろうか…?それとも呆れる?軽蔑する?

…悲しんで、くれる?

いや、きっと怒るだろう。その時は夕に斬られてもいい。

今や私は…

怨霊という存在を救うべく、浄化出来る源氏の神子といる。

それはつまり、夕の大切な平家を傷付ける立場になってしまったのだ。

貴方に守ると言われ、私も貴方を守ると言ったのに。裏切ってしまった。

許されなくていい、だから…

もしまた会えたら、私に笑顔を向けてほしい…


「次に会うときは、敵だというのに…」


なのに願う私は、きっと我が儘で愚かな怨霊なのだろうな。


みんなの後ろで一人、自嘲気味に笑った。





***






「熊野が味方につけば、戦況は俺らが有利になる」

「熊野…」


将臣君はそう言って、けれど険しい顔で頬杖をついた。


「…ま、熊野は中立を守ってるからな…あんま期待しねぇ方がいいが頼んでみる価値はある」

「熊野って水軍だよね?味方になってくれたら…源氏に対抗できる…」

「そう言うことだ」


熊野水軍が平家につけば、高い確率で負けることは無い。将臣君は伸びをして、縁側にごろりと寝転んだ。


「なー、夕」

「ん?」

「絶対、勝とうな」


今まで平家の人にお世話になった分、死んで逝った人の分、平家の為に、私達は勝たなければならない。

敦盛君が戻ってきた時、笑って迎えれる為に、誰も傷つけさせない。


「…うん、運命を変えよう」




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―――三日後。

熊野に交渉するという将臣君のアイディアに清盛さんも賛成し、将臣君と知盛さんと私は熊野に行く事になった。


以前の雨乞いの儀式の時に披露した舞が噂になったようで、それを見たいと熊野の偉い人が言ったみたい。


「夕の舞を気に入ってくれたら、味方になってくれるかもな」

「いくらなんでも舞だけで味方は無理じゃないかな…」

「大丈夫だって!」


熊野までの道を、三人でゆっくりと歩く。山に入ってからは馬に乗れなかった為、何度か休憩を挟みつつ歩いた。

山を越える頃には夜になっていたが、無事に熊野に到着した。


「綺麗な町…」


辺りは暗いというのに、海の方から船の灯りが溢れていて町の様子がよく分かる。

山道を歩いたせいで汗をかいていたから、海から流れてくる冷たい風がとても気持ち良い。

「あそこに泊まるか」


そう言って将臣君が指差した場所は、小さいけれど綺麗で和やかな宿。私達は疲れた足を動かし宿に向かった。知盛さんは眠いのか、終始無口だ。


「明日は朝から熊野本宮に向かうから、今日はもう寝よーぜ」

「やっと寝れる…」

「ふふ…おやすみなさい」



***





一人きりの部屋に、月の灯りと潮の香りが優しく入ってくる。

薄手の布団をかぶって目を瞑ると、疲れのせいですぐに意識を手放した。




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暗闇、冷たい海。


「夕…っ!」

誰…?

「待…て…わた…が…絶対…たす…るか……っ」

…何を言って……

「時空跳躍…!」

光りが広がる。



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ひんやりとした汗が背中を伝い、ゆっくりと目が覚めた。


「今…のは…」


…何も見えない暗闇に響く、悲しい声。私は声が聞こえる方に顔を向け、必死で手を伸ばすが、届かない。

その時、暗闇に光が差し込み…

時空跳躍、と聞こえた。


「あの声は…」


懐かしい声だった。でも、雑音に邪魔されてよく聞こえなかった。


「何なんだろ…時空跳躍…」


時空を飛ぶ?って…私や将臣君みたいなことなのかな。


「夕ー朝飯食うぞー」

「あ…はーい!」


将臣君に呼ばれ、夢の事は深く考えないようにして部屋を出た。





  夢は、未来に実現する。

   悲しい悲しい、運命の果てに。



20100418


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