忠告
「ああ…夕さん、どうかご無事で…」
「夕様、くれぐれも無茶はしませんよう」
戦の準備が整い、いよいよ出発という時。見送りに来てくれていた時子さんと藤子さんが心配そうに言った。
私は、出来るだけ明るい声で応える。
「ありがとうございます。私は今回は前線には出ないので、大丈夫ですよ」
「しかし…貴方にとっては初陣なのですよ?まだ刀を持って日浅いのに…」
あわあわとする時子さんに困っていると、誰かが後ろから私の肩に手を置いた。
「…母上。私も付いております故、そう心配ならずとも良いのでは?」
「知盛さん…」
見慣れぬ知盛さんの鎧姿は、敵だけでなく、味方まで圧倒する勢いだ。
「あぁ、知盛殿…どうか夕さんをお守り下さい」
「ええ、分かっています」
時子さんは幾分か安心したようで、顔をほころばせた。
「おーい、知盛!夕!そろそろ出るぞー」
向こうで将臣君の声がして、私は時子さんと藤子さんに向き直る。
「…必ず、帰ってきます」
「はい…無事を御仏に祈っております」
「夕様の帰りを待っていますわ」
「…はい!」
…居候で、全く平家と関係のない私をこんなに心配してくれる人がいる。
不謹慎かもしれないけど、すごく嬉しくて。
「…行くぞ」
「はい!」
知盛さんに引っ張られるようにして、私は二人に別れを告げた。
馬に乗れない私は、本陣までの長い道のりを、知盛さんの馬に一緒に乗せてもらっていた。
戦とは別の意味で緊張する。
後ろに続く兵士の人達は、ぼそぼそと小さい声で私を見ながら話していた。
「姫と知盛様が並ぶ姿を見るのは、本当に久しいですな」
「我々の士気を高めてくれる舞姫殿までが戦に出てくれるならば、此度は平家の勝利で決まりでしょう」
「そうだな…姫が居てくれさえいれば、俄然みなのやる気も出ることでしょう」
…夕ノ姫、か。
将臣君は、夕ノ姫は兵達の士気を高めていた人って言っていたけど…
私なんかが、そんな大それたことを出来る気がしない。
頭の中で不安が渦巻いて俯く。すると、頭の上に暖かい何かが触れた。
「…考え込むな」
「知盛さん…」
後ろで馬に跨っている知盛さんは、優しく私の頭をポンポンと叩いた。
「周りの事は考えるな。自分の身だけを案じていればいい」
「…はい」
暖かい手のひらが、不安を少しだけ消してくれた。
馬で丸一日歩いて。
「ここに陣を構えるぞ」
将臣君が指示した場所は、河原付近の森の中。
テントみたいな物をたくさん建てて、私や将臣君達が居る本陣には柵が建てられた。
その奥には清盛さん…頭領が構えてる。
ここには将臣君以外にも、知盛さんや経正さん、惟盛さんや敦盛君も居て。すごく安心できた。
「これから作戦の最終確認をする」
将臣君の一声でみんなが集まる。
私は邪魔にならないように端に座る。
「まず、前線は俺と知盛が指揮する。開始直後に突っ込むぜ」
…【環内府】っていう時の将臣君は、本当に別人みたいだ。
やっぱり2年もこの世界に居たら…あんなに慣れるものなのかな…
「あの…夕殿」
「あ、敦盛君」
端で座っていた私に、敦盛君が控えめに話しかけてくれた。
「その、き、緊張などしていないだろうか」
「けっこう緊張してるかも…でも、みんなが居るから平気だよ」
「…そうか」
彼は柔らかく微笑んで、私の隣に座った。
「それに、敦盛君からもらったお守りもあるから」
そう言って首からかけてあるお守りを見せると、敦盛君は顔を赤くした。
「そ、そうか…」
「うん!」
将臣君達の話が終わるまで、私と敦盛君はたわいない話をずっとしていた…
その晩。
すだれの様なもので仕切られた場所で寝ている時。
また、声が聞こえた。
「…を…け…」
「ん…」
「気を、つけ…て…」
「…だ、れ?」
「…あ…たの…い…な…」
「……」
「…貴方の、大事な…ひ…と…」
「大事な、人…?」
「い…な…」
「なに…?」
「居なく…な…って…しま、う…」
「…?!」
――大事な人が、居なくなってしまう?
「ど…どういうこと…?」
「覚悟は、しておいて」
一際、鮮明に聞こえるのは女の人の声。
怖くなって起き上がる。すだれから出れば、まん丸のお月様が私を照らしていた。
「貴方は…誰なの…?」
いつも聞こえる、誰かの声。
今のは…?
―――あの時のあの言葉は、私の狂い始める運命の始まりだった。
20090124