出逢い(知盛視点)



「知盛様…で、ございますね」

「お前は…?」

「私は平夕、今宵は皆様に舞を披露するべく参りました」



それが、夕との初めての出会いだった。



今から七年程前。平家一門の栄華は進む一方で、戦も数える程度しか起きなくて、ただ宴をするだけの毎日がつまらなくて退屈だった。

そんな時、平家には舞をたしなむ一家がいて、その長女が最近地方で舞を披露しているという噂を聞いた。

特に興味はなかった。

平家の白拍子や舞手は、周りから見れば優れているものかもしれない。だけど小さい時から舞をかじっていた俺にとっては、ただの普通…別段感動するようなモノではなかったから。

そんなある日。

いつものように縁側で寝そべっていると、重盛兄上に呼ばれた。体を起こすと、俺と同じく図体のでかい兄上の隣に、見慣れない奴…

長い黒髪を頭上で束ねて、白拍子のような衣だが、どこか気品漂う着物に身を包み…

漆黒の深い瞳を持った女。


「知盛様…で、ございますね」


その女から発せられた声は、俺の耳に心地よく響いた。


「お前は…?」

「私は平夕、今宵は皆様に舞を披露するべく参りました」




その日の夜、俺は珍しく宴に出てた。部屋の後ろで一人酒を飲んでいると、重盛兄上が俺の隣にきてドカッと座る。


「知盛、お前も姫狙いか?」

「…姫?」

「夕だよ夕!舞う姿があんまりにも綺麗だから、夕ノ姫って呼ばれてんだ」

「姫、ねぇ…」


そんな会話をしていると、経正の琵琶が聞こえてきて、宴が始まったのだと確証する。

しばらくすると、襖が開いて夕が出てきた。白拍子の衣装がよく似合っている。


力強く、それでいて柔らかく舞う夕の姿は、幻想的で夢のように儚い。

聞き慣れた演奏も、夕の舞によって美しく聞こえる。

酒を飲むのも忘れて、俺はずっと夕だけを見ていた。





***






宴が終わり、夜の庭を歩いていると、後ろから声がした。


「知盛様」

「…お前は」

「あら、もう私の名前をお忘れですか?」

「…夕ノ姫、だろう?」


そう言うと、こいつは嬉しそうに微笑んだ。


「夕、とお呼び下さい」

「…平家の舞姫殿が望むなら、そう呼ばせてもらおう」

「ふふ」


舞い衣装を着ていない夕は、俺よりも少し年下に見えた。化粧を取った幼い顔は、さっきと違い可愛らしく思える。

お互い何も言わず、春先の庭を黙って歩く。沈黙は不思議と居心地が良く、いつまでもそれが続けば良いと思った。

それを破ったのは、夕。


「知盛様」

「…なんだ」

「先程の私の舞、いかがでしたか?」


期待するような瞳を俺に向けて尋ねる夕。漆黒の瞳は、月の明かりに反射して切なく揺れている。俺は夕の頬に手を伸ばし、その小さな顔筋を撫でた。


「綺麗、だった」


撫でる手の親指で夕の唇を撫でる。薄紅の柔らかいそれは暖かい。


「知盛様…」

「…夕」


名を呼んで、俺よりも背丈の低い夕に視線を合わせ、触れるだけの口付けを交わす。

そっと唇を離すと、夕は顔を赤くして微笑んだ。


「知盛様は、手がお早いのですね…」

「…お前だからだ」

「知盛様…」


今日会った女に、どうしようもないくらいの愛情が溢れた。

夕の小さな体を抱きしめ、背中に回された細い腕を感じる。


それは、満月の夜のことだった。




***






それから。

俺と夕は、ずっと一緒にいた。父上も兄上も、平家の人間は皆俺達を優しい目で見ていた。

何年かして、そんな重盛兄上は病に倒れ居なくなる。しかし、生まれ変わりの如く、兄上の若い頃にそっくりな男がすぐに現れた。

――名を有川将臣。

異世界から来たと言う男は兄上に似ていて、夕は面白がって色々とちょっかいを出していて、その度に俺は苛々した。

そんな有川は、一年もすると兄上を継ぐかのように、【環内府】と名乗るほどに強くなった。



そんな毎日は、慌ただしくて幸せだった。





***






「知盛様!」

「…なんだ」

「今日はせっかくの晴天です、一緒に散歩にでも行きましょう?」

「…面倒だ」

「行きましょうよ!」

「…うるさい奴だな」


強引だった夕。


「これは何ですか!」

「…恋文、だが?」

「だ、誰から頂いたのですか」

「誰でも構わないだろう?」

「…」

「…妬いて、いるのか?」

「ち、ちが!」

「その割に…目が潤っているが?」

「…〜!!」


意地を張る夕。


「また、転けたのか…」

「申し訳ありません…知盛様」

「…少しは気をつけろ」

「ふふ、いつも知盛様が助けて下さいますから…」

「クッ…」


危なっかしい夕。


どの夕も、退屈だった毎日から俺を助けてくれた。

こんなに一人の女を愛しいと思った事はなかった。

愛を呟くと微笑んでくれた。照れながら愛を囁いてくれた。

人を殺すことだけが生きがいだった俺にとって、初めての癒やし。


失いたくない、死ぬ時まで共にありたいと。初めてそう思った女。

だけど、幸せだった毎日は呆気なく消えていく。

まるで、舞い散る桜の花びらのように…





***








「じゃー、出発すっか」


有川の指示で、俺達は馬に跨り戦場へと向かった。久しぶりの戦で高ぶる気持ち、だけど前ほど血がたぎることはなかった。

陣を敷いて、合図と共に俺は双剣を構えて敵を斬った。

久しぶりの人間の血…赤いそれを見ていると、まるで何かに取り付かれたように人を斬った。懐かしい感触に気を良くし、敵を原型が分からないほどに斬り刻む。我を見失っていたかもしれない。

戦は平家の勝利で終わった。




血生臭い体を馬に乗せ、皆で屋敷へと戻る途中。

地方で舞いを披露していた夕達白拍子と、護衛を兼ねて合流した。夕は血まみれな俺を見て心配していたが、俺の血ではないことを知ると安心したように笑った。

その日の夜は、泊まる場所がなく、野宿をすることに。

皆が武器を下ろし、戦の疲れから放たれた瞬間…





―――――シュッ


近くに火のついた矢が落ち、俺達がいた場所は一瞬で炎に包まれた。

俺は夕の腕を引いてすぐに馬に跨り、有川達に続いてその場から離れた。


「さっきの残党だな…」


そう呟いた有川は、夕達を守るように兵を固めて、残党を迎え打ちにすると命を下した。

俺達は追いかけてきた残党を待ち構えて剣を振るう。突進してきた男を斬ると、そいつは苦しそうに顔を歪めて呟いた。


「平 知盛…貴様だけは…」


倒れた男を横目に、もう死んだお前に何ができると冷たい視線を送ると、次々に残党の兵が俺に向かって剣を振りかざした。


「…相手にならん」


刀で薙払えば、あっという間に倒れていく弱い残党共。


「貴様ぁぁぁ!」


血眼になり俺に斬りかかってくる男を斬ろうした瞬間、







「知盛様!!」



――ドン…

――ザクッ


男の体を斬った感触と、後ろから聞こえた愛しい夕の声…

振り向くと、夕の肩には矢が一本突き刺さっていた。






それからしばらくは覚えていない。

有川が止めるまで、俺は残党を一人残らず斬った。息の根が止まった後も刺し続けた。

なんとか冷静になり戻ると、応急処置をされた夕を見つけた。


「と、も…」

「夕、」


苦しそうに目を虚ろにさせた夕。

有川は静かに言った。


「猛毒が塗り込んだ矢だった。夕ノ姫は…もう…」


頭が真っ白になった。




20081207


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