水没した乙女

「テストを受けていない…?」
「ああ、実は…ルリは体力テストも捕獲訓練も受けてないんだ。なかなかいうことを聞いてくれなくてな…身体能力を測ろうにもデータが取れないし、ゴキブリともガラス越しに対面しただけだ」
『…?』

小町に呼ばれたアドルフとルリは、U-NASAの中にあるカフェの隅に座っていた。
アドルフは小町の言葉に微かながらも驚きの表情を見せ、小町はそんなアドルフに神妙な面持ちで頷く。ただ一人、ルリだけが状況を理解できずに首を傾げた。

「…で、アドルフに頼みがあるんだが…ルリのテストに付き添ってほしいんだ」
「…わかりました」
『…?』

礼を言う小町とそれを止めるアドルフにもう一度首を傾げたルリは、食べかけのわらび餅を至福の表情で頬張った。


     *     *     *


『ルリ、オレの言ったとおりにしろ』
『?、わかった』

運動着に着替えた二人はまず、体力テストから受けることになった。
まずは長座体前屈。

『足を閉じて…そうだ、できるところまで体を前に倒せ。…それでいい』
『あどるふ、どこまでやるの?』
『痛くなったら止めていい』
『…?』
『…!』

両足のつま先を掴みながらルリ指示を出していたアドルフは、ルリが首を傾げながらもぺたりと頬と膝をつけて見せたことに驚く。
〈柔軟性:良〉

白のマットの上、上半身だけを乗せる状態で立膝をして寝転がるルリ。
…次に行うのは、上体起こし。

『足は押さえていてやるから、手を使わずに起き上がれ。…手は胸の前で組んでいろ。オレが止めるまで続けろ』

動作を確認し、計測を始める。
初めは平然と起き上がっては倒れを繰り返していたルリだったが、時間が半分を過ぎたころから動きが鈍り始めた。

『うぅ…』
『ルリ、あと少しだ』
『…うー……』
『……ストップ、止めていい』
『疲れた…』

くたりと両腕を投げ出して寝転がるルリに、アドルフはそっと笑う。
〈筋持久力:可〉

『この線に立って、できるだけ遠くまで跳べ。腕で勢いをつけろ…助走はするな』
『…えいっ』

   タンッ
言われたとおりに腕を振って勢いをつけて跳び、ルリが着地した地点の距離をアドルフが記録する。
小柄な体型の割に、ルリは遠くまで跳んだ。

『ルリ、もう一回だ。さっきよりも遠くへ飛ぶイメージを持て』
『…失敗?今のだめ?』

申し訳なさそうに見上げるルリの頭を、アドルフが優しくなでる。

『違う。二回やるものなんだ。大丈夫、失敗じゃない』

襟を立て、口元が見えないアドルフの顔。それでもルリはその瞳をじっと見つめてから頷いた。まるで、目だけで嘘かどうかを判断するかのように。

『…えいっ』

〈瞬発力:良〉

等間隔で並んだ三本の線。真ん中の線を跨ぐように立つアドルフと、向かい合う位置で立つルリ。

『この線からこの線までを…こうやって往復しろ。オレが止めるまで続けろ』
『…、こう?』

タタッ、タタッ、とアドルフの動きを見ながら真似てみせるルリ。その動きは滑らかだが、かなり遅い。

『もっと速く動けるか?』
『うん』
『よし。…始め』

アドルフの合図と共に、再びルリがステップを踏む。
アドルフはタイマーとカウントを器用に使い、ルリの足元を見つめながら手を動かしていた。

『……そこまでだ』

タイマーを確認しアドルフが声を掛けると、ルリは足を止める。アドルフはカウントされた数字に目をやり、微かに目を細めた。
〈敏捷性:良〉


     *     *     *


『あど、るふ……はあっ…』
『…ペースを落としてもいいが止まるな』

アドルフはルリのペースに合わせて走りながらそう言う。
体力テストの最後の項目は長距離走だった。ルリは残り半分の地点ですでに息が荒く、汗を滴らせている。対してルリの隣を走るアドルフは、疲れの色を全く見せていない。
ルリは目を伏せて少しだけ頷く。

『……はっ……はぁ…っ、』
『…口だけで息をするな。苦しくなる』
『…ん、…ふっ…』

アドルフの言葉に吐息を漏らしていた口を閉じ、少しだけ視線を上げてアドルフを見上げたルリ。その視線に気づいたアドルフは「どうした」と問う。ルリは疲れの色を表に出しながらもじっと薄緑の瞳を見つめた。

『?…終わったら好きなものを食いに行くぞ。走り終わるまでに何を食いたいか考えておけ』
『…ん、』

アドルフの言葉にルリは嬉しそうに頷く。何を伝えたかったのかは分からないが、ルリがまた前を向いたので、アドルフはその後ろを見守りながら走った。
〈持久力:不〉



水没した乙女
(いつか、誰かが見つけてくれるまで…)


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