「ああ……うーん」
 尋ねられたはいいが答えるべきか悩んでいる風の石本に、さっさと言えとばかりに槇の肘鉄が見舞われる。どこまでもこういうコミュニケーションしか知らないその姿は小学生のようだ。
 痛むわき腹をさすり、石本は煮え切らない様子で話し始める。
「いや、気のせいだと思いますけど……あそこのドアノブ、何か埃っぽくなかったですか」
「……はあ」
 要領の飲み込めていない嵐に「言うべきじゃなかった」と石本は渋面を見せる。小姑もびっくりの観察眼には驚くが、それがどうしたというのだろう。
 しかし、槇は何か得るものがあったようで、満足そうな息を漏らして自分の背広を突き出した。そして襟の部分を示す。
 あまり長々と見ていたい物でもないが、明らかに背広の色と違う汚れがあった。それはたった今、石本が指摘した部分と重なる。だが、嵐の口をついて出たのはあまりに素直な感想だった。
「……とりあえずクリーニングに出したらどうですか」
「後でな」
 憮然として返し、背広を持ち上げてにやにやと笑う。
「コートかけっつったら客が来たら一番に使われるもんだろうが。それがこの通り、埃が積もって襟首が真っ白。お世辞にも手入れが行き届いているとは言えねえ」
 ノブにしても、と石本の発言を取り上げる。
「常に人の手に触れているもんだ。それに埃が積もってるなんて、小姑でなくても不思議に思うさ」
 嵐はわずかに眉をひそめた。
「管理は嘘だと?」
「お前だって何か変だと感じたろ」
 本当に、どこまでもこの人は抜け目ない。下手な嘘をつくことは許されないだろうし、ついたとしたらそれをあげつらって笑うような男だ。
 槇の言葉に促されて興味を向けた石本の目にも負け、嵐は小さく溜め息をついた。
「……槇さんの嫌いな方面の感覚で言わせてもらいますが、あの屋敷は変です。桜も田野倉さんも。現実とぶれているように見える」
 二人は黙って嵐の言葉を待つ。微かな疲労を感じつつも、嵐は言葉を継いだ。
「確かに中身は別世界ですがね、それにしたって限度ってものがあるでしょう。まるで別世界なんて言葉で飾っても、人間は慣れることを覚えます。その風景と情景に対応するためというか……まあ、そんなもので」
 でも、と横目でちらりと屋敷を見る。
「あの屋敷は慣れを許さない。それが屋敷側か自分側か、どっちの影響かは知りませんが、慣れたら最後っていう危機感すら覚えますよ」

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