彼─2

 彼は彼女を見つめた。そう言えば何がしかの目的性があるように聞こえるが、実際にはどうすることも出来ずにそうしただけだった。

 すらりとした肢体、切れ長の瞳、肩から流れ落ちる黒髪──どれをとっても村の人間には無い特徴ばかりである。これを正真正銘、美人というのだろうかと、彼は考えた。

 村の娘にも見目の良い者はいる。しかしそれは外見による話で、内面もそうかと問われれば唸るしかない。閉塞した村で未来の安泰を手に入れるべく、彼に言い寄る女のどこが美しいのか理解に苦しむ。

 でもこの人は、と注ぐ視線を強くしていく。

 なんと凛とした人なのだろう。

 立ち姿や眼差しにいたるまで一本のゆるがない線が通っているかのようだ。

 僕とは違う。

 微かに顔を歪め、だが憧憬に似た想いは彼女から離れようとしない。視線をそらせばそこで、彼は何かに敗北するような予感がした。

 自身にないものへの憧れすら、諦めてしまった自分への失望かもしれない。

 さやさやと笹が囁く。

 意外と大きく木々に反響するその囁きに、彼の心臓は思わず飛び上がった。

──もしかしたら。

 彼女なら。僕にないものを身の内に抱く彼女なら、僕の願いを聞いてくれるかもしれない。

 音に驚いた心臓は、今度は緊張によってその動きを加速していった。立ち止まった足は誰かにつかまれているようで動かない。握り締めた手には体中の水分が汗となって出ているようだ。

 わかっている。馬鹿なことはわかっている。けれども、今を逃せば次はない。

 残りの水分をかきあつめて、ごくりと唾を飲む。彼女はびくりと肩をすくめた。

 恐がらせないよう、優しく、彼女をとりまく緊張の幕を上げるよう。

「……君はどこから来たんだい?」

 ほんの少し、彼女は目を見開いたような気がした。

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