彼女─2
彼女は大きく目を見開いてその来訪者を見つめた。姿のそれこそは彼女と変わらず、違うと言えばその体格のみであろう。男にしては華奢だが、平らな胸板と均整のとれた体付きは異性そのものである。
だが決定的に違う。彼女の本能がそう告げた。言われずとも、と本能に答える。
言われずともわかる。
この汗の匂い、生活臭、草木の香りに交じった人間臭さ──そして死の匂い。
人間だ。
この男は間違いなく人間であり、間違いなく死を望んでいる。
彼女は足がすくむのを感じた。死の匂いが彼女を取り巻くのも恐ろしいが、何よりも人間という事実が恐怖の絶対数を占める。
人間は敵だった。
彼女らを狩る、狩猟者だった。
怖い。
怖い怖い怖い。
なぜ男が彼女を見据えるのかがわからなかった。
どうしてこんなにも見つめるのだろう。どこか奇妙なところでもあるのか。
なぜ。
熊笹がさやさやと囁く。
──危ない。危ないのだよ。人は凡庸なるものだ。人は異彩を遠ざけるものだ。
人は我々を狩るものだ。
皺がれた声が耳奥に蘇る。安全を彼女に促すためのものだったが、今はいらぬ恐怖を増長させるだけだ。
逃げようにも足が縫い付けられたように動けない。
さやさやと熊笹が告げる。逃げよ、逃げよと。
死の匂いから──人間から。
男は彼女を穴が開くほどに見つめている。彼女の強く握り締めた手がじっとり汗を滲ませていった。
男が意を決したように口を開く。そこから発せられるであろう罵声を予想し、彼女は身構えた。
「……君はどこから来たんだい?」
涼やかな声は、ひどく耳に心地よかった。
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