実際のところ、それらは子供でなくとも誰もが持つ願望が形を得ただけのものだった。その事を咎める権利は誰にもないし、勿論、嵐も咎めるつもりはない。むしろ咎めるべきはこの事態を顕現させた現実にこそある。
 願うのも、思い描くのもいいだろう。だが、時々に振り返って見ることも人には必要だ。そうさせる痛みを伴っているのも、やはり願うことである。
──面倒だな、お前たちは。
 狐々の言葉が浮かび上がり、嵐はくすりと笑った。的を射すぎて笑うしかない。
「おおい」
 声が急かす。笑いを納めた嵐はいちご大福とお茶を入れた湯飲みを持って、裏口の前に置いた。
「……今日はこないだの詫びだからな。覚えておいてくれよ」
 一応、念押ししてみるが返答はない。果たして聞こえたのだろうか。
 小さく溜め息をついて立ち上がり、盆を持った嵐の耳に縁側から賑やかな声が聞こえた。
「おーい、狐々ちゃんがお前と勝負だってさ」
「こら! 勝手なことを言うでない!」
 明良の間延びした声に狐々の声が重なる。けらけらと笑う明良の声はどうにも面白がっているように聞こえた。明良に負けるほど弱いというのに、嵐に挑んで勝てるわけもないことは明良もわかっているはずだ。それでも声をかけたのはただ単に面白がっているだけだろう。
 そういえば、と嵐の脳裏に多聞寺で会った時の風景が過ぎる。以前、門前で狐々と会った時、確か彼女は何か落としていったような気もするが果たして何だったか。思い出せずにその場で考え込んでいると、再び明良の声が嵐を呼んだ。
「急かすなよ」
 声を張り上げて言い、踵を返す。
──まあ、いつか思い出すか。
 思い出さないということは、そう重大なことではないのだろう。狐々もすっかりこちらに慣れたようで、そのうち思い出して渡す機会もあろう。
 自分の曖昧な記憶力に妥協点を見出して、嵐は台所を出た。さて、狐々は何手目まで持ち堪えるだろうか。
 冬を忘れたかのような暖かな昼下がり、冷え込む夕刻まではまだ長い。せめて十五手目ぐらいまではと思いながら、嵐の背中は賑やかな縁側へと向かう。
 誰もいなくなった台所では、濃茶の袖を通した細い腕が大福に手を伸ばしていた。


ことのは返し 終り

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