Piece22



 呆れながらも笑顔を崩さないウィリカに対して、二人を避けるように針仕事をしていたホルトが氷の礫のような声を発する。
「……おおかた、自分で餌を消したんじゃないのかい。そうすれば町に行けると思ってね」
 容赦のない物言いには一ミリもの愛情もなかった。含まれるものはただ悪意であり、小柄でふくよかな体の中に詰まっているものはギレイオと母親を罵倒する言葉ばかりである、とギレイオは常日頃から思っている。
「無理ですよ、お義母さん。そんなことしても子供一人では行けませんし、行かせません」
「どうだろうねえ。お得意の魔法で脅せば誰でも言いなりになると思うけど」
「俺はやらないよ」
「嘘をお言いでないよ。小さい時に家畜を十頭ばかり殺したのは誰だい?」
「あれは、殺したわけじゃ……」
「消そうが蒸発させようが、跡が残らないだけで殺すのと一緒だろう」
「……だって、魔法見せろって」
「言われたら、動物だけじゃなくて人もやるのかね? おぞましい子だこと」
「お義母さん!」
 やつぎばやに繰り出される言葉の応酬に置いて行かれた母親が声を荒げると、ホルトは繕い物を広げて確認し、椅子から立ち上がってギレイオを見下ろした。
「本当にあんたって子は、困ったね」
 目尻に寄せた皺は本来、笑顔の時に効果を発揮するものであり、年相応に穏やかな話し方は聞く者を落ち着かせるものである。
 しかし、ギレイオと母親に対しては全くの逆であった。ホルトの目は常に、二人を蔑みの対象に置いていた。
 いつもの事である、とギレイオは手をきつく握りしめた。
 ホルトは父方の母である。そして、母親はよそから嫁いできた身だった。周囲にもその関係が芳しくない所はあるが、ホルトとウィリカの場合はまた別である。
 ホルトと息子であるギレイオの父、そして二人に繋がる親類縁者の誰にも無属性方程式魔法を使う人間はいない。一方、ウィリカの側には親族に一人、それを扱う人間がいる。元来、珍しい類の魔法であり、遺伝によって受け継がれるのかといった点については不明な部分も多い。だが、そんな家系の女性から生まれた子供にも無属性方程式魔法が現れたとなれば、素人目には関連づけるのもやむを得ないと言えた。
 しかも、ギレイオの魔法は異種の魔法の中でもかなり異端に近い。機械や金属以外のものを触れただけで蒸発させることが出来るなど、ダルカシュの面々は誰一人として聞いたことがなく、移動の度に町で情報を仕入れてみても気味悪がられるだけであった。
 どういう方向にギレイオの魔法を導いていいのかもわからず、幼いギレイオは度々、家畜や食料などを蒸発させてしまうことがあった。結果、わからないものには蓋をし、遠ざけるしかないという判断に行きついたのだが、そのことがホルトには我慢ならなかったのである。

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