Piece13



 ようやく状況が落ち着いたところでヤンケは椅子に座り直し、ブラックボックスと改めて対峙する。これまで色んなファイルやデータと対峙してきたが、これほど奇妙で、セオリーに則った物は初めてと言ってもいい。無論、ヤンケの経験値など高が知れたものだが、これまでの華々しい戦歴を思えば、その言葉には自信を持っていいだろう。
 完全に外部からのアクセスを拒み、孤立したデータ。無理に開けようとすればその持ち主が自爆するという、そもそもが自爆プログラムだったのではないかとも思わせる代物だ。
 おそろしく大事なデータが入っている可能性もあるが、それをサムナの中に仕舞い込んで運ばせ、破壊の危険性も顧みないというのは生粋の研究者の考え方に見えた。誰にも自分の思考を覗かせない、己が考えた事は全て己のものであり、他者が覗き見ていいものではない──潔い主張だが、ギレイオに言わせたら我儘の一言で終わりそうだった。
 ある程度のところまではヤンケも理解出来るが、サムナの例は「やりすぎ」の感が否めない。どこか、子供じみていると言ってもいい。誰にも見られたくないものを、誰も覗きそうにないところに仕舞い込んで、万が一見られてしまうならいっそ壊してしまえばいい──そこまでして隠したいものとは何だろうとヤンケは首を傾げる。子供であるなら単純におもちゃ、もう少し年が進めば日記といったところだろうか。
──日記。
 それはそれで、随分な遊びに巻き込まれたような感じに陥る。
 ブラックボックスの詳細をもう一度調べ上げ、ヤンケは自爆以外の危険性がないことを確かめる。何かあったとしても、それはこの部屋の内部で治めるべき事柄だ。無論、真っ先に調べ上げたことだが、153節からなる意味不明のデータ群にもそういった危険性はない。
 ブラックボックス自体に何かしらの命令が仕込まれていても、それを抽出出来なければ用を成さないだろう。では、とヤンケは指をすっと動かした。単純に双方をリンクさせれば、一体どうなるのだろうか。
 鬼が出ようと蛇が出ようと、ついでに悪魔でも神様でも──神殿騎士団は勘弁願いたいところだが、とにかく、何が出ても驚かないでいようとヤンケは身構えた。
 喉が渇いて、脇に嫌な汗をかいている。鼓動が早く、その動きと共に体を震わせるようだ。大概、こういう時は物事があまりいい方へ転がった試しがない。
 だが、そんなジンクスを覆すには最高の状況だ。イレギュラーが揃えば確率の変動など容易く起きる。賭け事の世界だってそうだ、とヤンケはディスプレイを見つめた。
──これは賭けなんだ。
 なら、今ここにあるもの全てを賭けてみよう。ネウンにもう一度会って、高笑いを決めてやるには充分な代償ではないか。
 画面上でブラックボックスが意味不明のデータ群と重なり合う。
 コンピューターは一瞬だけ沈黙した後、ゆっくりとその回転数を上げていった。
 それはヤンケの勝利を告げる、勝どきの声に他ならなかった。


 泥棒、と問われて、すぐさま違うと否定出来た自分の胆の強さを褒めてやりたい、とギレイオは思った。だが、相手が悪い。年端もいかぬ少女であるからと、すっかり油断した。
 答えてやったから、と犬を払うように手で払うと、少女はいきなり大声で喚き始めたのである。これにはギレイオもさすがに面食らった。自分の行動に原因があったとは思えず、まさかサムナが怖くて泣いたのかと思えば、少女の口から出たのは「人さらい」というとんでもない言葉である。勿論、身の潔白を信じてやまない二人は、泥棒はしても人さらいまではしない──などということは口が裂けても言えず、喚く少女の口を押え、これ以上訳のわからないことを叫ばれる前にと脱兎の如く退散したのだ。

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