008.ひつじ雲
ほらごらん。
青空だ。
なめるように、
重く、
人を見下ろす。
こんな空をいつか見たいと思っていた。
だけど、ああ。
何て恐ろしい。
何て怖い。
あの青に、
押し潰されそうだ。
ほらごらん。
青空だ。
我々を押し潰す程の。
広大な青空だ。
いつか見た、夢。
いつか抱いた、希望。
いつか信じた、未来。
いつか、いつか。
──いつか。
広がる空は時に白であったり、灰色であったり、黒であったり、赤であったり、青であったりした。
子供の頃、青空が一番に好きだった。
そこにほっこり浮かぶ雲の群れ。
ひつじが群れを成している様に見えるから、ひつじ雲というらしい。
その実態は高積雲という名の雲だったけれど。
それを知ったのは、学校に入ってから。
ひつじは高積雲だった。
見上げて、時折見掛けるひつじの群れを高積雲と呼ぶようになったのは、入隊してから。
それは高積雲などではなくて。
ひつじなのだと、
誰かに証明したくて入隊した。
本当は誰かに証明してほしかったのかもしれない。
あれは、ひつじだ。
その空が平和である時にやってくる、群れだ。
去る時には兵士の魂を持っていく、歩みだ。
友人が、
知人が、
上官が、
下官が、
幾人かひつじに連れて行かれた。
青空は、ただ広がっており。
例えばそこにひつじの群れがあったとして。
例えばひつじが戦友を連れて行ったとして。
何も変わらない。
多分、そのまま青く、
見下ろして、
おれ達の背を押さえ付ける。
泣いて、
頭を垂れる背を。
ほらごらん。
青空だ。
ただ恐ろしい、
ただ広い、
青空だ。
ひつじを産み出す。
青空だ。
いつか夢見た。
いつか信じた。
過去が。
現在が。
未来が。
平和が。
ほらごらん。
青空だ。
高く澄み渡った。
青空だ。
ひつじが平和を連れてくるのは、いつ。
ひつじが戦友を連れて行かなくなるのは、いつ。
おれに高積雲でないと証明するのは、いつ。
ほらごらん。
青空だ。
雲が、数十個。
誰がこのひつじを見ているのだろう。
誰がこれを平和と思うだろう。
ほらごらん。
終り
- 8 -
[*前] | [次#]
[表紙へ]
1/2/3/4/5/6/7/8
0.お品書きへ
9.サイトトップへ