029.真っ暗な部屋


 四角い所を部屋というのなら、閉ざされたところを部屋というのなら、ここはやはり部屋なのだろうと確信する。

 天井がいやに高く──むしろ無いと言ってもいいぐらいだが。

 少年は自分の部屋を持ったことがなく、仕事場であるここを自分だけの部屋と思うことにした。体の大きい仲間などはもっと大きい部屋を持っていることだろう。

 まだ体の小さい少年の部屋は、彼のサイズにあわせて小さかった。

 快適か、と問われるとうなるしかない。

 年中ほこりだらけで照明もない。真っ暗な部屋はどこか秘密めいた場所に見えないこともないが、なけなしの想像力をフル稼働してもただの真っ暗な自室兼仕事場止まりである。

 仲間や家族に自分だけの部屋を持っている、と言うと決まってさっさと仕事をしろ、と言われる。始めは吹聴して回った少年も、一般的にここを部屋と言うのには無理があると悟り、自分の心の中にだけ留めておくことにした。

 それでも自室を持ったことのない少年にとって、ここは大事な自室の一つである。大通り沿いには他にもいくつか少年の部屋があり、ちょっとした金持ちの気分を味わえた。

 別荘を持つってこんな気分なのかな。

 しかし仕事場なため、寛ぐことも出来ないのがたまに傷だが。

 少年は真っ暗な部屋の吹き抜けの天井を見上げる。冬はそこから雪が舞い降りてきて早々に退散したいものだが、今日のようによく晴れた日は少年たちにしかわからない褒美をそこから頂けた。

 うん、やっぱり良い部屋だ。

 天井のある部屋でこうこうと明かりをつけ、茶だのポーカーだのに興じる金持ちには一生かけても知り得まい。

 天井がなくても、ほこりだらけでも、真っ暗な部屋でも。

 少年は天井を目指し、微かにオレンジがかった光が射し込むそこから顔を出した。

 途端に突き刺すような寒さと強風が顔を打ち付け、一瞬にして筋肉が強ばる。

 少し身をすくめたが思い切って上半身を乗り出し、腰掛ける。

 夕陽が大地に溶け込もうという瞬間だった。沢山のオレンジ色の帯を空になびかせて、少年たちに手を振っている。生憎大地と溶け込む接点は立ち並ぶ家々で見えないが、オレンジ色の影を宿したその家々も絵画の一部のようで美しかった。

 空にぽこぽこと浮かぶ雲のおうとつが夕焼け色に染まり、美味しそうなパンに見えた少年の腹が思い出したように空腹を訴える。

 思わず苦笑し、顔をあげた先で同じように顔をあげて夕焼けを見ていた同業者と視線があう。

 綺麗だね。

 うん、冬は煤(すす)が多くて大変だけど空が澄んで綺麗だからな。煙突掃除やっててよかった。

 言葉を交わし、また無言で夕焼けに見入る。見回せば同じように煙突に腰掛けて夕焼けを眺めている少年が沢山いた。



 真っ暗な部屋。煙突掃除の少年だけが持ちうる、小さな天井の無い部屋。

 けれどその先にある美しさは、暗闇で目隠しされない最高の一室。



終り


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