022.青く塗り潰された狂気


 エンジン良好、フラップオーケー。全システム異常なし。管制塔から離陸許可おりました。車輪止めと昇降機外して下さい。それじゃあいってきます。

 男は軍服のポケットから吸い殻のような煙草を出し、火をつけた。実際吸い殻なのだが、上手い具合に火を消せばまた吸えるということは、教官の軍曹から教わったことだった。

 その軍曹も昨年脳卒中で亡くなった。

 戦場で死ななかった男として嘲笑の対象になることも多かった。

 別にいい、と思う。どこで死のうが、その人間の尊厳が保てる場所であるならば。

 轟音を地上に突き落としながら、戦闘機が数機飛び立っていく。滑走路には後続機が数機、待機していた。整備士と喧嘩している者もいれば、ただ一人黙々とシステムチェックにいそしむ者もいる。

「デューイ少佐。前線司令部から後続機出動の要請があります」

 事務員が簡単な所作を述べるように、後ろから声がかけられる。

「念入りにチェックさせてやれ。本人の気が済んだら出動だ」

「しかしそれでは」

「前線にはもっと腕のたつパイロットがいる。急ぐことはない。下がれ」

 上官の言い分に納得したわけではないだろうが、彼は敬礼すると踵を返した。

 再三はね除けてきたが、とうとう戦況はそれを許さなくなってきた。

 前線にはパイロットを送り出すにも距離があり、送り出したところで戦闘機の燃料がきれてしまうことから、戦闘機の出動要請をはね除けるには充分だった。

 ところが最近になって前線寄りの谷間に急ごしらえの基地が出来てしまった。戦闘機がかろうじて離着陸出来る平地と倉庫があるぐらいの、本当に簡素な。

 これでどうだと言わんばかりのやりくちである。翌日から前線司令部からの出動要請が止まることはなくなった。

 それだけ戦況は切羽つまっているのだろう。

 当初は前線に赴いた陸・空軍のみで陥落出来ると思っていたものが、最後になって思わぬ同盟国による伏兵が現れたのである。

 裏切りだ、と糾弾する。

 もとより味方だった覚えはない、と返された。

 敗色が濃厚になってきたのは誰の目にも明らかだ。各地からの寄せ集め兵隊ですら、上官であるデューイに戦争の意味を問う。

 戦争に対し盲目的になった上層部よりも、彼等はよく戦争の姿を見極めようとしていた。

 そう、その通り。こうなっては意味も何もない。ただのガキの喧嘩だ。それでもお前らは参戦するのかね。

 従わないと殺されます。そっちの方がずっと不名誉です。

 見極めようとし、彼等の死に尊厳は与えられなかった。

 今日の空はまた高く澄んでいる。冬も間近だというのに空だけは、未だ秋の真っ只中にあった。

 何層にも水彩絵の具を塗り重ね、綿で青の濃淡を作り出し、高く本当に濃い青には緑を混ぜ、そこから地上に至るまでのグラデーションには黄色、仕上げに白の裾を。

 美しく彩られた青空は戦地に流れる血の赤さも知らないのだろう。

 その美しさは狂気に似て、戦地で死ななかった軍曹を嘲笑った連中よりもずっと酷薄な、冷たい嘲笑を我々にあびせる。

──一体いつまで続くのかね。

 知りません。わたしは知らない。あなたは青く塗り潰された狂気の名を頂いた仮面を被って、ただ笑うだけでしょう。嘆き悔やむ我々の足掻く姿を眺め、涙をこらえようと背中を丸める人の背を押し潰すのでしょう。

 ただどうか。もし狂気の象徴などではなく真に神であるのなら。

 あなたは一体いつまで、魂を御所望か。

 もう二度と、わたしはあなたのもとに仲間を送りたくないのです。



終り


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