016.98点


 さて。

 どうしたものか。

 僕は考えている。

 考えて考えて考えて、それでもう周りには誰もいない。

 塾の綺麗な教室。

 新しくなって全教室には冷暖房完備、塾に入る時は変なカードを変な機械に差し込まないといけない。

 トレーディングカードよりも厚く、固く、塾の名前と僕の写真と名前と、そして黒い太い線が裏についたやつ。

 少しかっこいい。

 だけど今の僕は

 少しかっこ悪い。

 綺麗な教室。

 綺麗な黒板。

 綺麗な机。

 綺麗な椅子。

 綺麗な先生。

 みんな白々しく見えて憎たらしい。

 とりあえずそれは僕の所為じゃないけれど。

 いや、ないんだけど。

 無い、はずだけど。

 そこまで考えて、僕は目の前の紙を見た。

 さて、どうしよう。

 もう皆は帰った。

 だって外は暗い。

 早く帰らないと危ないから。

 それがわかってるのに何故、大人はみんな塾に行けと言うんだろう。

 塾に行け。

──行くよ。

 勉強しろ。

──するよ。

 だけど。

 早く帰ってきなさい。暗いと危ないから。

──なんで?

 暗いと危ないから。

──わかってるのに。

 暗いと、暗くなると危ないってわかってるはずなのに。

 なんで大人はそこに僕を放り出すんだろう。

 僕は怖いのに。

 暗いのも。塾も。

 僕は怖いのに。嫌いなのに。

 そこまで考えたら何だか悲しくて、涙が出た。

 ぼやけた赤い文字。

 9.8点

 そうだ、これをどうにかしないと。

 先生には自習と言ったけど、もう一時間くらい経っている。

 そろそろなんとかしないと来てしまう。

 入ってきてしまう。

 そしていつものはきはきした声で訊くんだ。

──何やってるの?

 答えられない。顔もあわせられない。

 そう、やらないと。

 ありがたいことに点は9側に近い。

 少し赤ペンで線を引けば、あっという間に十倍になる。

 引けば、

 お母さんも話を聞いてくれるかも。

 塾をやめても良いでしょ。だってこんな点数とれる様になったんだよ。もう行かなくても大丈夫だよ。家でも少し勉強するから。頑張るから。

 だからもうあんな暗い所に連れて行かないで。

 お母さんの優しい言葉を想像したら、少し心が軽くなった。

 暗いんだ。

 道が暗いんだ。

 僕は明るい道を歩いて帰って、お父さんとお母さんとお爺ちゃんとお婆さんとご飯が食べたいんだ。

 携帯電話なんていらない。

 こんなもので僕を繋がないで。

 安心しないで。

──よし。

 決めた。

 塾よりも

 暗い道よりも

 携帯電話よりも

 僕は

 みんなでご飯を食べる方がいい。

 赤ペンで9の下の方を太くして、点を隠す。

 よし

 98点。



終り


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