077.ビー玉(2)
「ふむ。……水槽か」
「どうしたんです、神さま。切り方が気に入りませんか?」
「いや、充分だ。ところで運び屋、魚は持ってこれるか」
「生ですか?それとも死んだものですか?」
「生の魚がいい」
運び屋は神さまの首からかけた布を外し、ぱっぱっと髪の毛を払う。
「また難題ですねえ。海ですか、川ですか?」
「タクミくんはどちらの魚が好きなんだ?」
「は?」
「海か川か」
「……海」
「海だと夜になりますけど、それでもいいですか?」
神さまはわずかに首を傾げて考えた後、「構わない」と答えた。運び屋は道具を片付けながら、笑った。
「珍しくやる気ですねえ」
「うむ。あまりにも信じないものだから、少し神様の真似事をしてみようかと」
「真似事って、ニセモノの言う言葉じゃねえのかよ」
「ぼくはニセモノであったことはない。常にぼくであるだけだ」
「あーはいはい。わかったわかった」
「では、水槽に行ってみよう。運び屋、魚は頼んだ」
「それでは、夜にまた」
運び屋が門へ歩いていくのを見送ってから、神さまとタクミは先日、唐突に現れた水槽へ向かった。
木立の中にわずかに生まれた間隙に埋もれるようにして、水色の浴槽だけがぽつんと鎮座する。形状は浴槽のそれだったが、神さまは浴槽と言い、タクミは水槽と言う。
庭へ出現したことにより新たな名前を与えられたそれは、神さまが「水槽」と言ったことで本当の水槽となった。
タクミはその中を覗き込んで、呆気に取られる。
「……嘘だろ」
ぼさぼさ頭の神様を見たわけではないが、素直にその言葉がついて出た。浴槽よろしく段差がついた中には、砂利の代わりとばかりに沢山のビー玉がいつの間にか敷き詰められていた。
球面が様々に陽光を反射し、水槽の中やタクミの顔を照らし出す。ビー玉は青一色かと思われたが、時々赤や黄色や緑が混じっていた。そのさりげなさも綺麗だった。
「青一色にしようと思ったが、水槽も水色、底も青ときてはいささか面白みがない。……言っておくが、実際の海の底はこんな色ではないぞ」
「あんたがやったのか?」
「言っただろう。少し真似事をしてみようか、と」
「でも、昨日までは何も……」
「だから、ぼくは神さまなんだ」
「……運び屋と結託して、オレを馬鹿にしてんじゃねえだろうな」
「それはそれで面白そうだとは思うが、そうしたらお前は一生信じないだろう」
「オレごときが信じようが信じまいが、あんたは消えたりしねえだろ。神さまなんだから」
タクミはビー玉を一つ取ってみた。吸い込まれそうな青が小さなガラス玉の中に詰まっている。今までに見たことがないほど、綺麗なビー玉だった。
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