076.特等席(3)
「さあ、ぼくにもよくわからない。気付けばあった、と言った方がいいだろう」
「気付けばって……屋敷や倉庫まで用意しといてそりゃねえだろ」
「本当だ。ぼくはこんな庭を造ったことはない」
タクミは面倒くさくなり、噴水に腰掛けた。
「あーもう、ややこしい神さまだな。神さまっつったら、そんな距離感関係なしに助けてくれるもんだろ?そりゃ、お空の特等席からずっと眺めてるだけなんだから、それぐらいしてくれねえとな」
「ぼくは特等席に座っていたのか?」
「……じゃないの?地上であくせく動くよりはずっといい場所だろ、神さまのいる所って」
神さまは少しだけ黙った後、タクミを見ずに答える。
「静かだという意味では、ここよりはいい場所だろう。特等席とは他と隔絶され、他よりも景色のいい場所だ。……空にあったかどうかは疑問だが」
「だろ?いいよなあ、適度な距離が大切って言うけどさ、地上じゃそれも難しいんですよ、カミサマ。喧嘩しないで生きるなんて出来ねえ」
「ぼくは、そんなことをしたことはない」
「そりゃ神さまなんだし」
「ぼくは、あらゆるものと等距離の位置にいる。ぼくは見るだけだから、それが可能だ。しかし、人にそれが本当に出来るかは疑問だ。少なくとも、出来ない人間を一人は知っている」
「運び屋?」
「そうだ。彼は人と関わることで生きる糧を得ている。そして基本、人間とはそういう生き物だ。だから衝突し、距離を知らなければならない。だが、お前の言う特等席に座せばそれもしなくて済む。それは人の幸福とは遠いものだと思う」
「あんたが人間の幸福論を説くとはね」
「説いたつもりはないが。そうか、ぼくの言葉から学ぶことがあったのなら、光栄だ」
「あーいいって。めんどくさいから。わかった。あんたが面倒な神さまってのはよくわかった」
「随分、不本意な納得の仕方をしているようだが、まあいいだろう。ところで水はどうなった?」
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