076.特等席(2)
「何だそれ。無能ってこと?」
「あるいは。ぼくは最初からずっと見ていただけだ」
「無能の神さまを勝手に全能にしてたってか?後生大事に神話を信じてる奴が可哀想になってきた」
「さて。もしかしたら他にも神がいて、彼らがそのような働きをしたのかもしれない。だからといって、神話を信じる者を哀れむのは違うぞ。信心に哀れみも侮蔑もない」
「じゃ、お前が特別何も出来ないってことだ」
「ぼくが何もしなくても、世界は勝手に育つ。自ら命を育もうとするものへ、ぼくは手出しするつもりはない。もっとも、それで大きくなりすぎたのかもしれないが」
「大きいか?オレにはちっちゃいけどな。災害前には……まあ今も余裕のある場所ならあるか。ネットがありゃ、地球の裏とだって話できたもんな」
神さまはちらりとタクミを見た。
「お前の言うそれが、どういうものかは皆目見当がつかないが……ぼくにはそれが、真綿で己の首を絞めているように見えた」
「……死ぬだろ」
「いずれは。……だから、こうなったのかもしれないな」
珍しく、神さまの緑色の瞳に感情が映し出された。
「便利は敵って?」
「そうは思わない。しかし、生物同士には適度な距離がある。お前とぼく、ぼくと運び屋、運び屋とお前のように。それらは全て等距離だろうか」
タクミは神さまの顔を見つめた。新しい言語を教わっているようだった。
「ぼくはそれは違うと思う。少なくとも、お前はぼくに対するように運び屋と話せないはずだ。例えを変えれば、ぼくと獅子、獅子と野菜、野菜とぼくの三組は、明らかに等距離ではない。では、それらの尺を同じにしたところで、全てが便利になるだろうか?」
神さまは枯れた噴水の底を覗き込む。
「それでは整合性がない。だから、お前の言うところの「小さな世界」は不自然に見えた。整合性のないものを、さもあるかのように振舞うのだからな」
枯れた噴水にはタクミが雑草をむしった痕跡だけが残っていた。
「だが、この庭はどんなものにも等しい所だ。ぼくにも、お前にも、運び屋にも。もちろん、野菜や獅子にも。だから、ここは不思議な場所なんだ」
「……あんたが作ったんじゃないの?」
神さまは体を起こして、考えるそぶりを見せた。
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