075.えくぼ(4)
神さまは頬杖をつき、目の前の野菜に手を伸ばす。細長い形をした緑色の野菜は、空に向かって伸びていた。それを一つ、失敬する。
「……が、はっきり言って減ってしまったものをどう増やすかは、ぼくにはわからない」
「いい話が台無しですよ、神さま」
「そうか。少し頑張ってみたんだが」
「あんたら……」
「まあ話は戻るが、いいものを持ったとてお前が怒る必要のない場所だ、ここは」
神さまはたった今収穫した野菜を、タクミに差し出す。何となく有無を言わせぬ迫力に負け、タクミは受け取ると、ごく自然に「ありがとう」ともらしていた。
「タクミくん、タクミくん。そういう時は笑った方が神さまも喜ぶよ」
「は?」
「怒ってばかりの不心得者には天罰が下るんだよね、この庭だと」
運び屋の信憑性はともかく、天罰という言葉はタクミに効いたようだった。手に持った野菜をじっと見つめた後、どうにかして笑うと顔にえくぼが出来た。運び屋と神さまはその顔をまじまじと見つめる。
「……タクミくんって案外素直なんだね」
「ところで運び屋、ここはいつの間にそんな物騒な庭になったんだ?」
「神さまがやろうと思えば出来るんじゃないんですか?」
「今まで一度もやったことはない」
「おや」
「…………あんたら馬鹿にしただろ。今、しただろ」
「ぼくはいつでも真剣だ」
「やあ、まさか本当にやってくれるとは思わなかったけど素敵な笑顔でしたね、神さま」
「うむ。いいものを見たな」
「てめえ!」
タクミは怒りに任せて立ち上がるも、傷口から突き刺すような痛みに襲われ、再び地面に舞い戻った。その勢いで手に力が加わり、持っていた野菜を握りつぶす。途端、ねばねばとしたものと、白っぽい種が手にまとわりついた。
「そうそう、神さま。それはオクラです」
「おくら?」
「それは生でも茹でても美味しいんですよ」
「ほう」
神さまは菜園で伸び伸びと育つオクラを見て、微かに笑みを浮かべた。
「それは勉強になった」
終り
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