072.コンプレックス(4)


「……優しいんだね」

「病気なんだと思います。そう思うと鏡そのものが自分を責めているようで、だからあちこちで鏡を見るたびに盗んで割ってました」

 そしたら、と笑った顔に涙が滲む。

「鏡の中の顔がもっと怒るんです。だけど私はどうして怒るのかわかりません。私がわからないことを怒っているのか、もっと別のことを怒っているのか。それであたり構わず鏡もガラスも壊していたら警察に捕まりそうになって、ここの門が開いていたので逃げ込んだんです」

 本当にごめんなさい、と改めて頭を下げた。

「今夜はここにいさせて下さい。明日の朝には出て行きます」

「ぼくは構わないが、出て行けるかどうかはわからない」

「え?」

「ここはそういうところなんだよ。逃げたつもりが罠にかかっちゃったようなものだね」

「罠をしかけたつもりはないんだが」

「例えですよ。それじゃあマキちゃんのためにランプを取ってきます」

 運び屋は鏡の破片で一杯になった二つの土嚢袋を一輪車に乗せ、掃除用具を持って茂みに入っていった。その姿をぽかんと見送ったマキの隣で、神さまもいつもの場所に戻ろうと歩き出す。

「あの、怒らないんですか?捕まえないんですか?」

 神さまは振り返った。

「残念ながら、ぼくはお前を捕まえることは出来ない。誰かに捕まえてほしいなら運び屋を頼るといい。ここから出られた時にそうするよう、ぼくから運び屋に言ってもいい」

「でも、私、とんでもないことを」

「……ぼくが怒る必要があるのか?自分で自分を充分怒鳴りつけているようだったぞ、さっきのお前は。……それでも怒ってほしければ怒ってみるが、期待に添えるかどうかはわからない」

「──私、そんなに怒っていましたか……?」

「どうだろう。あれを怒っていないというのなら、ぼくはまた運び屋に教えてもらわないといけないな」

 ああそうだ、と言ってマキを見る。

「まだいるつもりなら、お前が教えてくれると助かる。どうやらぼくは理解が浅いらしいから」

 神さまはそう言うと、茂みの中へ分け入った。マキは目から溢れる涙を拭い、無事な鏡の入ったデイパックを持ってその後に続いた。

 そして翌朝、のんびりと運び屋と神さまが朝のほうじ茶を飲んでいると、門の方からマキが血相を変えて走ってくる。

「運び屋さん!門が開きません!!」

「ああ、やっぱり」

「神さま、いいんですか!?」

「今まで困ったことはないが」

「そんなあ……」

「まあまあ。そう急いで出て行くこともないよ。まずはお茶を飲んで、ここでどうするか考えてごらん」

 そう言って、へたりこんだマキの目の前に湯気の立った湯飲みを差し出す。それを受け取ったマキは湯飲みの中を注視した後、決意表明のように顔に闘志をみなぎらせた。

「わかりました!ここにいる間は、庭の手入れをします!力仕事なら得意です!」

「……ものすごく達成率の低そうな目標ですねえ、神さま」

「……あ、茶柱」

 神さまは茶柱を避け、ずず、とほうじ茶を飲んだ。


終り

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