070.カラクリ(1)
勉強は好きだ。知らなかったことを知る喜びは、美酒を飲むのと同じだ。もっとも、自分はまだ飲める年齢ではないから、想像でしかないが。難解なカラクリを解き明かすのは、心のカラクリを解き明かすことより遥かに簡単だ。
喧嘩は苦手だ。腕力にものを言わせて、道理を強引に通そうとする奴は心から嫌悪する。それしか方法がないのだと言われれば、そんな方法を選択する頭を疑う。取り替えてやることが出来ればどんなに幸福か、と思うが、長年の付き合いである幼馴染に言わせると「余計なお世話」らしい。
そんな「余計なお世話」も受け付けられない頭なら、学都にいる価値はない。リドゥンが本気でそう思う人間が、学都には数名いた。彼らには何度か世話になったが、リドゥンが全く意に介さない様子を見て飽きたらしく、最近ではとんとご無沙汰だった。
それが久しぶりに、彼らの神経を逆撫でするようなことがあったらしい。呼び出された当人にその覚えはないものの、彼らは自分のなけなしの尊厳を傷つけた物事だけはよく覚えているようだった。その記憶力をもっと有効に使えばリドゥンも殴られる必要はなくなるのだが、彼らに教えてやるほどの義理はない。
そんな価値はない。諭し、そして怒りをぶつけるような。奴らのカラクリには関わろうという気にさえならない。いつか自分から落ち零れていくような人間を構ってやれるほど、学都は生易しい場所ではなかった。
──ただ、痛いものは痛い。
どれだけ魔法が使えても、得手不得手というものがリドゥンにもあった。殴られた時に切った口の中が鉄臭く、その傷口を治そうと治癒魔法を試してみるが、一瞬だけ痛みが和らいだ以外は何の変化もなかった。
だからこうして、リドゥンは夕陽の差し込む図書館を訪れているのである。
「ああ、やっぱりいた」
人気のない図書館に、定位置のごとく見知った姿を認め、リドゥンは声をかけた。参考書を前にうたた寝をしていたヨルドは顔を上げ、リドゥンの顔を見た途端に表情を固くする。
おや、と思ったが気にはしなかった。
「また追試?いい加減、お前も飽きないな」
「これは課題。今回は落とさなかったの」
ヨルドは一言一言に力を込めて主張する。リドゥンはその隣に座った。
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