011.後、5p
もう少し。
あと少しだったんだ。
本当に。
もう少しだったのに。
ここにまだ、
あるのに。
まだ、
残っているのに。
──お前は。
なんだ?
──昔から変わらない。
いきなりそれか。
──たまには語らせろよ。
語ってみろよ。
──人を嫌いになることを知らない。
なれないのさ。
──めでたい奴。
めでたいって。
──頭もいいし。
よくないよ。
──謙遜はやめとけよ。
本当の事だろう。
──上はいつもお前の意見をアテにする。
たまたまだ。お前のだって。
──運動だけはお前に勝てるぜ。覚えてるか。あのラグビーの試合。
ああ、覚えてる。
──お前からパス受けて、俺が走って。
凄かった。あれで勝てたもんな。
──勝った。誇らしかったぜ。
おれだって。もしかしたら出来たかもしれないさ。
──やれるかよ。
鼻で笑うか。
──逆上がりも出来ない奴が?
そう、それだよ。逆上がりが出来ない。
──間抜け。
お前な。
──一列だった。
何が。
──俺もお前も。
そういう意味で?
──うん。なのにさ、いつからばらけたんだろう。
ばらけるって。
──ばらけたのさ。ばらけちまったんだから、仕方ないよな。
ふうん。大事な物だったんだな。
──大事だ。
そんなに。
──だからさ、死んでくれよ。
息じゃなく、心臓の拍動まで飲み込んだ。
全身の血が一斉に温度をなくした様で、なぜか指先が痺れている。
──死んでくれよ。
鉄の塊。
一般的に銃と言われる塊が、虚ろな目をこちらに向けている。
沢山、息を吸った。
渇く。
視界がぼやける。
ぐらつく。
──死んで、くれよ。
逃げろ。
神経を無理矢理呼び覚まし、走る。
塊が。目が。あいつが。
引金が引かれる前に。
逃げろ。逃げて。
そして?
何かの、破裂音。
耳が痛かった。
──あんなに近くで、あんなに傍で、銃声を聞いたのは初めてだったから。
硝煙っていうのが、どんなに気分の悪いものなのか、わかった。
あいつは。
そんな匂いを嗅いでまでも、煩い銃声を聞いてまでも──おれを。
──奇跡ですよ。
目を丸くする医者の顔が忘れられない。
どうしますか、と問われ、結構ですと答えた。
ゲートを通った時、けたたましい電子音が響いた。
──ちょっと失礼。何かお持ちですか。
いえ。
──なら、もう一度通ってくれますか。故障って事もあるので。
また鳴ると思います。
──それは、何か危ない物を持っているという事ですか。
ええ、ちょっと体の中に。
──奇跡。
あと少しで、死んでいた。
奇跡か良心か。
もう少しだった。
まだ、ここでおれの心臓は動いているのに。
無知なおれの。
後、5p。
心臓まで、5p。
それは、
あいつとおれの、
微かな、良心の距離。
終り
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