010.北極星
北極星
(Polaris ラテン)
天球の北極に近く輝く星で、小熊座の首星。
日周運動によってほとんど位置を変えないので、方位及び緯度の指針となる。
黄色で、光度二.0等の星。子の星。
(広辞苑より)
あまりにもその星が輝いて見えるので、彼は気になった。
ずっと眺めていたが、星は動かなかった。
下へ視線をずらせば眩いばかりの街の光。
赤、青、黄、緑、ピンク、紫、白。
スラム化した街に、光の大群は似合っている。
何も知らない女が、自分の汚さを綺麗なもので隠す様に。
この街は、光で腐敗を隠している。
上へ視線を戻せば、微かな光。
白、時に青、時に赤。
その間を縫って、点滅する光が轟音を落として飛んでいく。
あの轟音を今こうして聞いている者は、この街にはたして何人居るのだろうか。
片手で済むか。
両手で済むか。
片足くらいは行くだろうか。
彼はぼんやりと煙草をふかし、バルコニーに寝そべっていた。
部屋一つに台所一つ。トイレ、風呂付の我が城に文句のつけようなどなかったが、コンクリート製のバルコニーは座り込むにしても冷たい。
そう思って、今日は木の長椅子を買った。
プラスチックや金属は、野晒しにすると汚れたり錆びる。
木なら、錆びないし汚れても気になる事は無いと思った。
大きい長椅子で。
寝転がっても充分な大きさだった。
持ち運ぶのに相当苦労したが、その労をねぎらうだけの価値はある。
いい木の匂いがした。
ぽとり、と煙草の灰を落とす。
星が一つ。
──何だっけ。
動かない星。
北の星。
──ああ北極星だ。
理科や、歴史の教科書にもその名があった様に彼は記憶している。
旅人に。
道を示す星として。
導く、星。
──何を?
彼には疑問だった。
道しか示さない星を、何故ありがたく思うのだろう。
他の星はせわしなく動いているのに。
動かないで、ただそこにあるだけなのに。
パンもくれない。
家もくれない。
金もくれない。
ただあるだけ。
彼には疑問だった。
あの星ははたして自分を導いてくれるのかと。
旅人でもない、彼を。
無神論者の、彼を。
人殺しの──彼を。
今日も殺した。
昨日も殺した。
一昨日も殺した。
その前も。
その前も。
その前も。
そして明日も。
血は臭いから被りたくない。
ナイフは相手に接近しなければならないから使いたくない。
だから、銃。
何も与えず、一瞬で奪える。
血も被らない。
遠くから、かちり。
彼の指は銃の感覚を自分のものとしている。
銃はただの金属の塊ではなく、既に彼の一部だった。
だから今も。
今も椅子の下にある銃を片手で撫でている。
彼には疑問だった。
あの星は。
何を導くのか。
今ここであの星に銃口を向け、引金を引いたらあの星は。
あの星は、どう導く。
どこへ。
どのように。
あの星は彼を導く。
旅人ではない彼を。
殺人者である彼を。
あの星はどう導くのか彼は疑問だった。
「……なあ、北極星?」
終り
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