064.ペット(2)
言葉を切って、地面に腰を下ろした。
「僕の家族は特に不幸なわけじゃない。不自由をした覚えもない。学都にはもっと凄まじいのがいるから、彼らに比べたら裕福な方だろう。ただ、時々、ここから逃げ出したくなる。──……そんなのは贅沢だって言われるしね、実際に僕もそう思うけど。ただ、均されて与えられた幸せって、どこか現実的じゃないんだよ」
イードの家は裕福な方だ。衣食住に困ったことはないし、時々、両親が送ってくれる書物の類も最高の品が揃う。サジェインは金持ちの道楽といって笑ったが、全くその通りだった。
両親はイードの他の兄弟にも、本当に分け隔てなく愛情とお金を注ぐ。それこそ、誰かに過不足があってはならないという風に、これまで彼らから貰ったものを兄弟ごとに積み上げていけば、大差のないグラフが出来上がることだろう。
社会的な通念から言えば、それは幸福だ。兄弟もそう考えている。
だが、過不足なく平均的に与えられるということは、人間相手というよりも、ペット相手にままごとをしているように見えるのだった。与えられた物は全て幻想で、中身が詰まっていない。書物を開いても、ベッドや服を裂いて中身を確かめてみても、それらはそれ以上の意味を持たなかった。
イードがそれに気付いた時、はた、とそれまでを振り返って考えた。
自分は本当に、人間なのだろうか。
両親が自身の幻想を押し付けるための、ペットではないのかと。
「……僕はお前やサジェインが羨ましいな。一生懸命だからね。そうやって生きて、どういうものが手に入るかよくわかっているんだ、きっと。僕にはそれがわからない。足掻き方も、戦い方も」
だから、本を読む。そこに答えがあるのではないかと、期待を込めて。
お陰で成績を落としたことはない。飛び級するほど良くはないが、学年上位を維持するぐらいの頭を獲得することは出来た。
パンを食べ終えた仔犬はしばらく地面の匂いを嗅いだ後、いくらかの期待を込めてイードを見上げた。その目を見た時、イードは愕然とし、そして苦笑がもれた。
「そっか……似てるんだ、お前」
仔犬の頭を撫でてやる。柔らかな毛並みが手を包み込み、仔犬も気持ち良さそうに目を細めた。
──自分と似てる。
仔犬はいつでも求める。生きるために、食物を乞う。自分では獲ることが難しいから、それが出来る存在に期待する。イードが無意識にしていたことを、仔犬は積極的に行っている。だから、仔犬を「飼う」ということに意味を持たせた。そうすることで、仔犬に投影した自分と、仔犬を「飼う」自分に投影した両親を見てみようとしていた。
結果、わかったのは仔犬と自分は同じということだけ。
だけど、自分よりも誇り高い生き物だ。
「……育ち盛りなんだなあ。今度から、もうちょっとご飯を増やさないとな」
仔犬は今日はこれ以上貰えないと悟ったのか、撫でられるまま、その場に座り込んだ。
「──…僕も、もう少しだけがっついてみようかな」
イードがそう呟くと、仔犬は「やってごらんよ」とでも言うかのように鼻を手の平に押し当てた。
小さな温もりに、イードは少し笑う。
幸福を定義するなら、これがそうかもしれない。
終り
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