れんげ草




 佐野はいつも花の絵しか描かなかった。人は苦手で、建物も苦手、風景も静物もそんなに好きではないという、随分と好みの偏った持ち主だったが、花は好きだと言う通り、確かに佐野の描く花の絵は綺麗だった。
 勇人の貧しい語彙では「綺麗」としか言えなかったが、ただ、佐野の描く花はキャンバスの中でいつまでも美しく咲き誇るのである。
 中三の時だった。最後の文化祭展示とあって、勇人も珍しく乗り気で絵を描き、佐野と二人して遅くまで残って描いたことがある。
 佐野はいつも、作業途中の絵を見せようとはしない。だが、この時は何が彼をそうさせたのか、勇人が暇つぶしに覗き込んでも、彼を追い払ったりはしなかった。
 佐野が描いていたのは、白と紫が交じり合うれんげ草の畑だった。
 風景画なんて珍しい、と言うと、最後だから試しに、と佐野は苦笑する。でも、やっぱり理想とは違うと続けた。
──充分、綺麗なのに。
 うん、でも、と言って筆を置く。
──何か、違う。これじゃないんだよなあ。
 釈然としない風にキャンバスから離れて、まじまじと絵を見る。何が違うというのか、勇人には一切理解出来なかった。
──色が違うとか?
 佐野は一瞬、考えてから、あんな感じにしたい、と窓の外を指差す。
 夕空に雲が薄く流れ、暗くなり始めた空に紫の影を滲ませていた。
──れんげ草の畑って、あんな色。
 雲の色は雲の色、花の色とは違う、と勇人が言うと、佐野は情緒がないと言って笑う。
 あれが、佐野の本当の笑顔だったことを今更になって思い出し、勇人は更に自分が惨めになった。握り締めた携帯がみし、と悲鳴をあげる。
 ほのかに暖かい風も、優しく流れる時間も、全てが棘のように心に刺さる。何もかもが、今の勇人には痛い。佐野はこれ以上に辛い思いをしていたのだろうか。なのに、どうして勇人を見て笑っていられたのだろう。
 力なく家の門を開け、そのまま玄関に向かおうとした時だった。門柱の脇に隠れるようにして、薄く四角い包みがある。朝出た時にはなかったはず、と思いながら手に取った時、その感触に思い当たるものがあった。
 勇人は携帯もカバンも取り落とし、慌てて包みを開く。
 包みを開けると油の匂いがふわりと広がり、れんげ草の畑が描かれた小さなキャンバスが現れた。

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