れんげ草




 噂で聞いた話である。だが、誰も確かめる勇気はなかった。
 洋子は「うん」と頷く。
「私は佐野に何もしなかったから。私も岸本と同じなんだよ。佐野に責任取れって言われても仕方ないもの。でも、せめて佐野にそれを言わせる前に、自分から聞きに行こうと思ったの」
 でもやっぱり、と苦笑する。
「最初は会ってくれないと思ってたんだ。きっと顔も見たくないって言われるだろうと思って、そしたら毎日でも来ようって考えてたら、あっさり会えてね。佐野は前よりも元気そうで、でも手首に包帯巻いてあるの見たら何も言えなくなって、涙が出てきてさ。……そしたら佐野が、自分はもう大丈夫だから、忘れてほしいって」
「忘れる?」
「そう。自分のことは忘れてほしいって、自分も忘れるからって。私、頭真っ白になって、忘れたりなんかしないって言ったんだけど。佐野、ありがとうって言うだけだった」
 勇人は乗り出した上半身を少し落とした。
 忘れてほしいなんて、言えない。友達になら尚更だ。だが、佐野はそう言ってのけてしまった。忘れてもらうことで、自分の傷も、クラスの傷もなかったことにしようとしたのだろうか。
「……あいつ頑固だから、言ったら聞かないよね、もう俺たちの言葉」
 洋子は思わず滲んだ涙をぬぐいながら、え?、と聞き返した。
「ありがとう、じゃないのに。忘れろなんて、普通言えない。でも言わないと、佐野も皆もいつまでも、ここから前に歩けないから、仕方なく言ったんだよね。……でもさあ」
 勇人は顔を下に向けた。声が震えているのがわかる。
「それを佐野に言わせるのって、最低だ」
──どうしようもない馬鹿だ。
 これまでも、今も。
 償える機会からも、勇人は自ら逃げた。
「……そうだね」
 洋子はただ、頷いた。
 今日、佐野はこの町を出て行く。



 自宅が間近に迫っても、勇人は洋子と話した内容が忘れられないでいた。携帯をカバンにしまわず、学校からずっと手に握り締めたままなのは何故だろうとぼんやり思う。手に持っていても何も来るものはない。あるのは自分の卑小さだ。情けなくて嫌になってくる。
 夕暮れも西の空へ段々と姿をおさめ、空には夕陽の名残が残っていた。紫色の影を宿した雲が薄くたなびき、東の夜空で輪郭を薄くする。
──れんげ草の畑って、あんな色。
 ああ、と思い出す。

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