れんげ草




 だが、誰もが知っていた。自分たちのやったことは、紛れもないいじめであったことを。
 それは、勇人も洋子も例外ではないと、二人は思っている。
 洋子はクラスの変質を知りながらも、佐野の変化に気付こうとしなかった。勇人もまた、「大丈夫」という思い込みで佐野の心を知ろうとしなかった。佐野と親しい以上、せめて二人だけでも彼の理解者であるべきだったのだ。
 以降、佐野の名前は誰も口にはしない。話せば、自分たちの罪悪が過去から追いかけてくるような恐怖と緊張が、常にクラスの中にはあった。
「佐野が死ななくて良かったって、私、今でも思うよ」
 洋子が話し出す。
「死んじゃったら、もう何も言えなくなるでしょう。佐野も、私も。それまでだって言えなかったのに、これ以上何も言わないまま死ぬなんて、私、たまらない。皆がそう思ってたかはわからないけど」
「……洋子さんは誰も悪いとは言わなかったよね」
 佐野の自殺未遂事件があった当時、クラスの雰囲気は最悪だった。誰もが共犯であり、少しでも口を開けば何かが破裂してしまいそうな、それほどまでにクラスの空気は張り詰めていた。
 クラス委員の洋子は担任と共に、クラスの空気を少しでも良くしようと、努めて元気に振舞った。誰かが後悔を感じて話したそうにしていたならそれに応えて慰め、忘れようとしている者には一切、佐野の件は口に出さなかった。そして、そのどちらでも、誰が悪いという話はしなかった。
「あの時は相当ひどかったし、他のクラスの子からも敬遠されてたもの。皆が悪い、だから一緒に謝ろうなんて虫の良すぎる話だって、私以外にもわかってた人いたと思うよ。自分が悪かった、って言うのは簡単だけど、あの時それを言ったら、きっとその人一人に責任が全部行ったと思う。でも、やっぱり悪いのは私たちだよ。佐野はちゃんと生きてるけど、精神的に殺したのは私たちなんだよ」
 殺した、という言葉が重い。
 洋子は自分で言っても、そう思う。だが、口にしなければこの事実すらも心の中で死んでいきそうで、洋子はそれが恐ろしい。この痛みを忘れてしまうことが怖かった。
「……俺はね、自分は皆よりも責任が重いと思うんだ。佐野と友達だったのに、気付こうとしなかった。だから佐野が退院したって聞いた時、いつかきっと俺の前に現れて、責任を取れって言うと思ってたんだ。俺はとにかくそのことが怖くて、いつ現れるんだろうってびくついてた。最初から最後まで、俺は自分のことばかりだった」
 勇人は洋子を見た。
「洋子さんは、退院してすぐに会いに行ったって聞いた。本当に?」

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