第十五章 岩窟の処女



──どういうことだ。

 リミオスは珍しく渋面を作ってみせた。

 こんな意志を、彼の作り上げる舞台に招いた覚えはない。着々と自身の予定通りに進められていく事態の中で、初めて障害と言えるものだった。

「……だが、賢者ではない」

 あれらのような気分の悪くなる意志ではない。だからといって誰とわかるわけでもない。

──少々、早すぎるきらいもあるが。

「前倒しはあまり好きじゃないんだがね」

 苦笑を交えて息を吐くとカーテンをひき、小窓を開いて兵士を呼ぶ。紺碧の瞳に穏やかな笑みを浮かべて言った。

「すまない、今日は向こう側の都合が合わないのを思い出した」

 驚いたらしい兵士が、ぽかんとした顔を隠そうともせず突っ立ったままでいるものだから、リミオスは小さく笑って続ける。

「だから引き返すように言ってくれ。ここまで来たんだから仕方ない、のんびり帰ろう。城へ着いたら君達を真っ先に休ませるよう手配する。すまないね」

「え、あ、はい」

 繰り返し謝罪の言葉を述べて困り顔で笑う姿に、驚きはすれども怒りは湧き起こらない。兵士は慌てて、御者や前方で待機する兵士達に話を伝えに走っていく。素直な表情にリミオスは楽しくなるのを堪えきれず、小窓はそのままにカーテンを閉めて尚、くすくすと笑っていた。

 人の良い兵士に理解のある高官達、そして慕う民。

 剣を奮うのは好まない。リミオスの武器は人だった。彼らが矛となり、盾となって自分を守ってくれる。

 やがて、ゆっくりと馬車が回頭するのを感じて小窓の桟に頬杖をつく。開けた窓からはほのかに草の香りと暖かな風が吹き込んで髪を揺らした。

 遠い昔、長い黒髪の賢者がもらした「暖かな世界」とはこれを言うのだろうか。しかし、彼はその世界をただ一人だけの為に望み、リミオスには呪いしか与えなかった。誰にとってもの「暖かな世界」でなければ、そんなものは存在しない方がいい。手に入れられないものを渇望させるのは、ただそこに在るだけで罪悪だ。

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