男と女 -3

「一つ言っておくが、おれの気持ちは変わってない。おれは今でもおまえと結婚したいと思ってるし、するつもりだ。だが――」

「……」

「事を急ぎすぎたかもしれないと、そうも感じている」

「……」

「考えてみりゃあ、プロポーズした日も、かなり久しぶりに会ったもんな」

「……」

「幼なじみとしてもブランクがあったのに、突然結婚じゃあ、戸惑うよな」

「……」

「だから、一旦幼なじみに戻って、距離を近付けて」

「……」

「それから、結婚のことをまたゆっくり――」

「もう無理だよ」


 言葉が、口を突いて出る。


 シャンクスが、はっとしたように息を止めた。


「あんなふうに、好きな人に触れられて」

「……」

「幼なじみに戻るなんて……私にはもう、無理だよ」

「……」

「シャンクスにとっては、子どもがするみたいなキスだったかもしれないけど」

「……」

「私にとっては、好きな人との、初めてのキスだもん」

「……」

「あんな、幸せな時間を知ってしまって、今さら幼なじみになんて、私は戻れない」

「……」

「結婚をやめるなら、私――」


 きゅっ、と、唇を引き締める。


 こんなこと、言いたくない。だけど――。


 涙が出そうになって、慌てて顔を下げる。


 綺麗に磨かれた、私には分不相応な部屋の床を見ながら、続けた。


「シャンクスには、もう会えな――!」


 突然、左腕を強い力で掴まれた。


 驚いて、涙目のままシャンクスを見上げる。


 シャンクスは、怒っているような、冷めたような目で、私を見下ろしていた。


「そんなの、おれだって無理だ」


 え、という声ごと、シャンクスの口の中に飲み込まれる。


 何が起こったのか、瞬時に理解ができない。唇に生暖かい感触がして、ようやくキスされていることを自覚した。


 体を石のように固くしている私に、シャンクスは手慣れたように繰り返しキスをしてくる。漫画やドラマでよく観る、男の人がカオの角度を変えて何度も求めてくるような、女の人が憧れるキス。それを、今まさにシャンクスにされている。


 シャンクスを好きになって、何度こんな想像をしたか。だけど、想像なんかとは全然違って、シャンクスはまるで、久しぶりにご馳走にありつけた野生動物みたいに、私を丸飲みしそうな勢いでキスしてきた。


 息がまったくできない。このままじゃ、死んじゃいそう。


 体を引き剥がそうにも、シャンクスの右手が人間の力とは思えない力で私の後頭部を引き寄せている。


 唇を食べられているようなキスの合間に、息も絶え絶えでようやく声を出した。


「シャ、シャンクス、あの」

「……なんだ」

「い、息ができない」

「おれのタイミングに慣れろ」


 そ、そんな。殺生な。


 その言葉の後で、べろりと唇を舐められる。


 びっくりして、んっ、と上擦った声が漏れた。


「***」

「っ、」

「唇、力入れるな」

「い、入れてない」

「入ってる。舌入んねェよ」


 かあっ、と、体が熱くなる。


 首を振って、なけなしの力でシャンクスの胸を押し返した。


「シャンクス、私、っ、もう、だめ」

「……なにが」

「心臓が、っ、止まりそう」

「……」


 訴えが届いたのか、後頭部を引き寄せていたシャンクスの手が離れていく。


 ほっと息をついたのもつかの間、その、息をついた唇の隙間を狙ったかのように、シャンクスが口の中に指を突っ込んできた。


 あまりの衝撃に、目を見開いてシャンクスを見る。


 シャンクスの真っ赤な目が、熱をもったように充血していて、思わずぞくりと体が震えた。


 突っ込んだ指を辿るようにして、舌と生暖かい息が滑り込んでくる。舌が全部入ってくると、ようやく指が引き抜かれた。


 んん、と、シャンクスが息を漏らす。


 視覚から聴覚までシャンクスの色気にあてられて、私はもう失神寸前だった。


 シャンクスの手が、今度は腰に添えられて、そのままぐっと引き寄せられる。


 長い指が背骨をつーっとなぞると、体が驚いたように痙攣して、あ、と小さく声が漏れてしまった。


 シャンクスのキスが、一瞬止まる。


 ゼロ距離で目が合ってしまって、私はついに息を止めてしまった。


 変な声出したりして、ひかれてしまっただろうか。


 そんな心配が脳裏をかすめて、思わず目が伏せる。


 すると、シャンクスが唇を離した。


 名残惜しくて、あ、と思った瞬間、体がふわりと宙に浮いた。


 シャンクスが、片手一本で私のことを持ち上げている。声を上げる間もなくどこかへ運び込まれて、あっというまに体を倒された。


 体の大きなシャンクスが上に跨がると、仕立てのいいマットレスも、さすがにギシッと音を立てた。その音を聞いて、ようやくベッドの上にいるんだと気づく。


「明日仕事か?」


 シャンクスが、ジャケットを脱ぎながら、唐突にそう訊ねる。


「あ、明日? 仕事? や、休み……」

「そうか。ならよかった」


 そう言いながら、ネクタイを外して、ベルトも外す。


 私は、今から起こることを予想して、頭が真っ白になっていた。


 ま、まさか。


 私たち、今日、このまま……。


「あ、ま、待って。シャンクス」

「待たない」

「っ、待って、お願い。私、こっ、心の準備が」


 あんな、夢にまでみた、シャンクスとの夜が。


 こんなに性急に訪れるなんて、想定外すぎる。


 シャンクスが、体を折り曲げて、私の耳たぶを舐める。


「大丈夫だ。痛くしない」

「そっ、そういうことじゃっ、なくて」

「これ、ストッキングか?」

「――! やっ」


 シャンクスの手が、いつのまにかスカートの中に入っていて、あろうことか下着の上に置かれている。そして、私が答える前に、荒々しくストッキングを破っていった。


「はあっ、ちゃんと見てェけど……それは後だな……」

「っ、や、シャンクス、だめ」

「これもう下着か? 下着だよな?」

「――! あ、だめ、だめっ」


 シャンクスの指が、じょうずに下着をずらして肌に直に触れる。


 体中の血が、恥ずかしさでいっきに沸騰した。


 シャンクスが。シャンクスの綺麗な指が、わ、私の――。


「***……。はあっ、もう、こんな、っ、濡れて」

「あ、あっ」

「すげ、かわい……」

「っ、シャンクス」

「はあっ、もう、っ、……理性が」


 シャンクスの呼吸が荒い。全力疾走した後みたいだ。眉が切なげに寄っていて、目も、今にも泣き出しそうに潤んでいる。


 こんなシャンクス、初めて見た。


 男の人って、こんな……こんなにかわいいカオ、するんだ。


 胸がキュンキュンして、死んでしまいそう。


 もっと見たい。もっと、もっと。


 シャンクスのカオが近づいてきて、食むようにキスをされる。


 いつのまにか指は下着から抜かれていて、その代わりに、違うものが入って来ようとしていた。


「***」耳元で、シャンクスの声がする。「おれたちちゃんと、男と女になろう」

「――! あっ」


 スカートの中から、シャンクスと繋がった音がした。




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