男と女 -2

「***さんのことを、好きで好きでたまらないとか!」

「……へ?」

「もしかして、ものっすごく独占欲の強い方なんじゃないですか?」

「独占……ええっ?」

「会えないとき、***さんが誰と一緒にいて、どこで何をしているのか。気になって気になって仕方ない! みたいな」

「いやいやいやいや! それはない! ぜっ、たい、ない!」


 私は自信を持って否定した。


 それはない。絶対ない。


 まず、シャンクスが私のことを好きで好きでたまらない、が絶対にない。決して卑屈になっているとかではなく、実際シャンクスに『恋愛感情かどうかはわからない』と過去に言われている。彼が私に対して抱いている感情は、どちらかというと家族愛や兄弟愛に近くて、実際、女性としてみられているという実感も、今のところ皆無だった。


「シ……彼に、独占欲とか嫉妬心とか、そういうの、ない気がする。博愛主義、っていうのかな? どんな相手でも平等に接するし、過去に恋人がいたときも、恋人だからっていう理由で優先するってこと、なかったもん」


 だから、シャンクスにプロポーズされたとき、正直、結婚するつもりがあったんだということのほうに驚かされた。自由をこよなく愛するシャンクスが身を固める日がくるなんて、これっぽっちも思っていなかったから。


「へェ……。結婚相手がそういう人だと、大変ですね」

「……やっぱり、そう思う?」

「でも――」ユーゴくんは、いたずらっ子のような笑みを浮かべて私を見上げた。「好きなんでしょ? 彼のこと」


 核心をついた質問に、思わず目が泳ぐ。


 小さく頷いた私に、ユーゴくんは目を細めて笑った。


「素直に謝りましょう? ね」

「うん。……ありがとう、ユーゴくん」


 ユーゴくんと別れたら、シャンクスに電話してみよう。そして、もし仲直りできたら、ユーゴくんにシャンクスのこと紹介してもいいか、訊いてみよう。


 優しい後輩の喜ぶカオが見たくなって、私はそう心に決めた。





 シャンクスの番号を画面に表示させること、三十分。ついに私は、発信ボタンをタップした。


 心臓の音がうるさくて、コール音が聞こえにくい。街の喧騒も耳障りで、いつも以上に右耳へ意識を集中させた。


 四度目のコール音の後、プツッ、とコール音がやむ。


『……もしもし』


 聞こえてきたのは、疲れ切ったシャンクスの声だった。


 私は、スマートフォンを持ち直して、姿勢を正した。


「あ……。も、もしもし」

『……』

「***、です」

『……あァ』

「ええっ、と……。あ、今電話大丈夫?」

『あァ』

「ありがとう。あの、その……」


 シャンクスのテンションの低さに、早くも怖気づく。


 だけど、謝りたい。謝って、仲直りをして、シャンクスと結婚したい。


 婚約破棄だなんて、絶対に嫌だ。


「あのっ……このあいだは、そのっ、本当にごめ――」


 謝ろうとした、まさにそのタイミングで、水商売の宣伝カーが大音量で通り過ぎた。


 思わずカオを顰める。左手で耳を塞ぎながら、一刻も早く音から離れようと早歩きをした。


「ごめんね。今外にいて、ちょっとうるさくて――」

『おまえ……今どこにいるんだ?』

「え?」


 シャンクスにそう問われて、再び耳に神経を集中させたとき、違和感がした。


 離れたはずの宣伝カーの音が、受話口からも聞こえてくる。


 はっとして、私は辺りを見渡した。


 すると、後方から、一際背の高い、真っ赤な髪をした男性が、私に向かって駆け寄ってくるのが見えた。同じように、スマートフォンを耳に当てている。


 言わずもがな、男性の正体はシャンクスだった。


 二人して驚いた表情のまま、スマートフォンを下ろして電話を切った。


「なんか、電話口でも同じ音が聞こえるなと思ったら……」

「私も……」

「……」

「……」

「……とりあえず行くか。近くに車停めてるんだ」

「あっ……。うん」


 シャンクスが踵を返したので、私も彼に続いて歩き出した。


 前を歩く、広い背中を見つめる。安っぽいネオンに照らされていても、真っ赤な髪は凛としていて美しかった。


 ――好きなんでしょ? 彼のこと。


 好き。大好き。


 今さらもう、幼なじみになんて、戻れない。


 もし、シャンクスとの結婚が、ダメになったら。


 私はもう、シャンクスには、一生会えない。


 駐車場に着くと、二人は無言で車に乗り込んだ。





 車で向かった先は、シャンクスのマンションだった。ここへ来るのは二度目で、初めて来たときも心構えなんてできていなかったけれど、今日は尚更緊張する。


 駐車場から部屋へ来るまでの間も、シャンクスは終始無言だった。どこか遠くを見つめて、何かを決意しているような横顔がとても怖くて、私も何も聞けなかった。


 部屋に着いて、電気をつける。


 シャンクスが、私のほうへ振り向いて、ふっと寂しげに笑った。


 その笑顔を見て、心臓が、ひやりと冷えた。


「一旦取りやめるか? 婚約」


 その一言に、大げさじゃなく、息が止まった。


 心がついていかないうちに、シャンクスは続けた。


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