触れる 1/2

 愛していると、心から思う。


 一日の終わりには、必ずカオが見たくなる。


 キレイな風景を見ていると、ここにおまえがいたら、と願う。


 美味いものを食べていると、おまえにも食わせてやりたいなと思う。


 声を聞くと、無性に会いたくなる。


 この感情は、


 この、おまえにしか生まれない感情は、一体なんなんだろうか。


「恋じゃなかったら、なんなの? それ」


 指に挟んだタバコを厚めの唇から少し離して、彼女は言った。


 つまんでいたスルメイカが、シャンクスの口からコロリと落ちた。


「……あ?」

「だから、それが恋じゃなくて、なんなのって」

「……」


 唖然としているシャンクスを尻目に、シャッキーは平然と残りのタバコをふかした。


 隣で、レイリーがおかしそうに笑った。


 「だってね、シャンクス」シャッキーは左手を上げると、まず親指を折った。


「愛していると思う」

「……」

「一日の終わりにカオが見たくなる」

「……」

「キレイな風景を見ている時に真っ先に思い出す」

「……」

「美味しい物を食べている時も真っ先に思い出す」

「……」

「声を聞くと、会いたくなる」


 小指を折り曲げたところで、シャッキーはシャンクスを見た。「恋じゃないの? それ」


「……」

「……」

「……そうなのか?」

「私が訊いてるんだけど」

「……」

「……」


 そうなのか?


 今度は、自分にそう問いかけた。


 しかし、自分の中の自分は自分以外の何者でもないので、返ってきた答えはやはり「いや、わからん」だった。


「確かに、特別な感情だとは思うが……」先ほど口から転げたスルメを拾った。「これがどうも、恋だとは」


「どういうところが?」

「あ?」

「どういうところが、恋とは違うって思うの?」

「いや、恋とは違うっつーかなんつーか……断言するには決定力不足な気がしてな」

「そう? 難しく考えすぎな気もするけれど」

「そうか?」

「抱きたいとは思わないの?」

「ぶっ……!」


 口に含んだウーロン茶を噴いた。隣のレイリーが、ついに声を上げて笑った。


「おまえ、おれのそんな話聞いて気まずくねェのかよ」

「気まずいわよ。まるで子どもの性生活聞く気分」

「子どもって。せめて弟にしてくれよ」

「でも、真剣なんでしょう? 真剣に悩んでるんでしょう? 悩みとは無縁のキミがさ」

「いや……まァ」

「だから、どうなのよ」

「……」


 シャッキーの真面目なカオが、どうもむず痒い。女相手ならと相談を持ちかけたが、相手を間違えたかもしれない。


 しかしシャンクスにとって、心から信頼できる女は、シャッキー以外に思い浮かばなかった。***を除いては。


 真剣。そう、真剣だ。


 できることならば早々に解決をして、***と正面から向き合いたい。


 シャンクスは腹をくくると、口を開いた。


「抱きたくないとは思わないが、抱きたいとも思わない」

「……」

「ガキの頃から一緒にいて親友だったし、一瞬たりともそんな対象としてみたこともなかった」

「……」

「まァ、婚約してからは、実は……想像もしてみたんだが、その、イロイロと」

「……」

「どうも、こう……罪悪感みてェなモンも感じるというか」

「罪悪感ねェ……」


 そう呟くと、シャッキーは思案顔になった。生まれた沈黙が気まずくて、シャンクスはウーロン茶を一気に煽った。


「良くも悪くも、シャンクスは素直だからね。親友=性の対象にしてはダメ、っていう公式に、素直に従ったんでしょうね」

「……褒めてんのか? それ」

「どっちでもないわ。確かに、そんな人間なら罪悪感を感じるのも分からなくはないけれど」


 シャッキーはタバコを灰皿へ押し付けると、腕を組んで後ろのシンクへ寄りかかった。


「今度***に会ったら、きちんと「男」として、触れてみなさい」

「は? どういうことだ?」

「だから、「男友達」の枠を越えるの。シャンクスがね」

「バカ言うな。おれはとっくに越えてる。結婚しようとしてんだぞ?」

「そうかしら? 私には、シャンクスの方が、その枠に甘んじているように感じるけれど」

「はァ? おれが?」


 そんな自覚は一切ない。だが、シャッキーが的外れなことを言うとも思えない。


「カッコつけてたいんでしょう? ***の前では。「男友達」なら、まだ余裕持てるものね」

「……」


 途中から、シャッキーの言わんとしていることが解らなくなった。ベンだ。ベンを呼びたい。アイツの通訳が必要だ。


「いつまでも甘えたことしてると、他の男に持ってかれるわよ」

「はァ? ***がか? それは無いな。絶対ない」


 テーブルに肘をついて、シャンクスはひらひらと右手を振った。


「あら、どうして? ***、かわいいもの。他の男が好きになったって、おかしくないじゃない」

「いや、そうじゃねェ」

「え?」

「アイツは、婚約者がいるのに他の男とどうこうなろうなんて、そんな女じゃねェ」


 自信を持ってそう断言すると、シャッキーはあきれ顔をした。


「そんなこと、分かってるわよ。そうじゃなくてね? まったく、あなたときたら……純粋っていうか、能天気っていうか」

「それは褒めてんのか?」

「けなしてんのよ」


 その言葉通り、シャッキーは小さくため息をついた。純粋で能天気って。今時中学生でもそんな男、いるかどうか。


「***にそんなつもりはなくたって、男の方はどうか分からないじゃない。すべての男がキミみたいに正攻法で女落とすわけじゃない。ズル賢い男だって、世の中にはいるの」

「……」


 そりゃあ、これでも一企業の社長をしている身だ。男でも女でも、そういう人間はイヤというほど見てきている。


 しかし、***が。ううむ、***が、ねェ。


「アイツが男に口説かれてるなんて、想像つかねェなァ」


 そういえば、随分長い時間***の話ばかりしている。


 名前を口にするたびにカオが思い浮かぶもんだから、やはりどうも会いたくなって、シャンクスはうずうずと腰を動かした。


「ま、もう一歩踏み出しなさい。シャンクスの方から、ね」


 悟ったように、シャッキーは話を切り上げた。


 「おう、サンキュ」と返事をするのと同時に立ち上がると、シャンクスはいそいそとジャケットを羽織った。


「あ、それからキミね」


 言いながらシャッキーは、サイドテーブルに置いてあった雑誌を手にした。


「撮られすぎ。これもちゃんと、説明なさい」


 広げられたページを見て、シャンクスはげんなりした。今日一日で、二度目だったからだ。


「そのことなら、もうベンにこってり絞られたよ」

「あら、さすがベン」


 そう言うとシャッキーは楽しげに笑った。


 「アイツも大変だなァ」と、レイリーまで笑った。


「撮られたくて撮られてんじゃねェよ」

「当たり前よ、おバカさん。もう少し自覚しなさいって言ってんの。キミはいるだけで目立つんだから」

「……」


 目立つ、か。そういや、誰かにも前に言われたっけな。ああ、そうだ。それも***だ。


「分かったよ。気をつける」


 シャッキーに向けて、右手を軽く上げた。レイリーには、立ち止まって頭を下げた。


「まったく……ここに来ると、いつまでも子ども扱いだなァ」


 でもやはり何度も訪れてしまうのは、それが居心地が良いからであって。それを証明するかのように、そう呟くシャンクスのカオは緩んでいた。


 おれと***が家庭を持ったら、ああいう空気になるんだろうな。なるといいな。


 そんなことを考えたら、ますます***に会いたくなって、シャンクスは車まで小走りをした。


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