告白 2/2

「つっかれたー!」


 思わずそう口に出していた。緊張で凝り固まっていた身体を、やたら大きなベッドに放った。


 時計を見ると、23時を指している。ホテル内はアルコールでハイテンションになっている若者たちの笑い声で未だ埋め尽くされていた。


 宴会は18時から始まった。ふつうの会社にあるような社長の挨拶だとか乾杯の音頭だとか、そういったものは一切なく、学生時代の宴会みたいにヤソップくんの好き放題な合図でやんわり始まった。


 シャンクスとは、一言も話せなかった。宴会の時のみならず、ここに着いてからまったくカオを合わせられずにいた。いつもたくさんの人に囲まれているから、なんとなく近寄りがたかった。


 シャンクスはいつもそうだ。みんなが慕って、自然とシャンクスの回りには輪ができる。私は、いつだってシャンクスには近付けなかった。


 そんな私が、あと何日かしたら、シャンクスのお嫁さん。


 どうしてこんなに卑屈なんだろう。どうしてもっと、素直に喜べないんだろう。


 どうして今までずっと、シャンクスにまっすぐに気持ちを伝えられなかったんだろう。


 婚約者の紹介。せっかくしてくれるって言ってたのに。


 シャンクス、怒ってるかな。怒ってるよね。だって、さっき一回も目が合わなかった。


 あの女の子たちのせいでは、決してない。ベンさんの言う通り、とても怖気付いていた。自信がなかった。


 きっと、すべては私次第なのだ。


「わかってるよ。わかってるけどさ。いったい何をどうしたら」


 じめじめとした独り言を呟いていたら、どこからかピロン、というのんきな音がした。


 しばらくのあいだ、それがなんの音かと首を傾げたが、記憶の糸を辿っていくうちにあることを思い出した。


『海外で使える携帯だ。旅行中持っておけと、社長のお達しだ』


 ここに到着してから、ベンさんは確かそう言った。


 ベッドから転がるように這い出ると、バッグの底からそれを拾い上げる。


 音の主はやはりこれだったようだ。メールのところに新着を知らせる「1」がついていた。


 メール画面を起動した。なんとなくシャンクスだろうなと思っていたら、やはりそうだった。名前は一切なかったけど、そこは長年の付き合いだ。句読点や改行の感じでわかる。


 しばらくあぜんとしてから、慌てて身なりを整えると、全身鏡の前で全身をチェックしてから部屋を出た。





 夜の海は、昼とはまた異なるカオをしていた。満天の星空は、水面を鏡にしてキラキラと輝いている。


 海の声がとても静かだ。はしゃぎすぎて眠ってしまったのだろうか。


 数メートル先に、赤が見える。夜空のコバルトブルーに映えて、とても綺麗だった。


 うっかり見惚れていたことに自分で気が付いて、小さく咳払いをした。その音に反応するように赤が揺れる。振り向いたシャンクスは、眉を上げて目をまるめていた。


「うおっ! なんだよ。声かけろよな」

「今かけようと思ったんだよ。そしたら振り向くから」

「そうか。おれのフライングか」

「うん。そうだね」

「……」

「……」


 ぎこちない空気が流れているのがわかる。多分、こんなロマンチックなところで待ち合わせしたのが照れくさいのだろう。シャンクスもきっとそうなんだろうなと、シャンクスの気まずそうなカオを見てそう感じた。


 シャンクスが砂浜に「よっこらしょ」とか言って座ったので、私もそれに倣ってとなりに座った。ちなみに「どっこいしょ」と言った。


「……」

「……」

「怒ってるよね」

「……いいや」

「嘘」

「本当だよ。怒ってはいない。ただ」


 シャンクスがこちらを見たような気がした。いつもの私なら気恥ずかしくなって、カオを逸らしてしまうところだ。


 だけどきっと、今はそうしてはいけない。


 シャンクスを見ると、透き通った真っ赤な瞳と目が合った。


「理由は、おまえの口から聞きたい」

「……」

「ベンからだいたいは聞いているし、おまえの考えてることもなんとなくはわかるが」

「うん」

「おまえの口から、ちゃんと話してほしい」


 呼吸がうまくできていないことに気が付いて、思わずシャンクスから目を逸らした。10秒しか持たなかった。やっぱり私は、ただの臆病者だ。


「じ……自信、なくて」

「自信?」

「うん」


 砂浜に指でイタズラ書きをした。なんだかいじけた子どもみたいで、情けなくなってやめた。


「シャ、シャンクスは、その……すごいよ」

「……」

「何がって、その、ほら……おっきな会社の、社長さんだし」

「……」

「あと、ほら、も……モテるし!」

「……」

「あ、モテるってあれだよ? 女の人だけじゃなくて、会社の人たちとか、あと、ベンさんとかルゥくんとか、ヤソップくんも」

「……」

「シャンクスは、昔からいろんな人に慕われてるよね」

「……」

「私はそれが……幼なじみとして誇らしかったけど、どこかで、その」

「……」

「……妬ましかった」

「……」

「私はきっと、シャンクスみたいには、なれないから」


 しどろもどろな言い訳がましい話を、シャンクスは黙って聞いていた。そのあいだ、少しも私から目を逸らさなかった。


「だから、そんなシャンクスの隣にいるのが私で、その……本当にいいのかなって」

「……」

「私には、その……何もないし」

「……」

「ひ、卑屈になってるわけじゃないんだけど。まァ、言ってることは卑屈っぽいけど」

「……」

「シャンクスや、シャンクスの会社のために、私に何ができるのか、もう少し、その、考えてみるから」

「……」

「その答えが出るまで、あの……待ってくれないかな」

「……」

「あの、な、長くなりまして……以上です」

「……」


 ふう、と、シャンクスは息を吐いた。あきれているのか、はたまたやっぱり怒っているのか。いずれにしても、私の鼓動は狂おしいくらいに暴れまくっていた。


「……」

「……」

「……そうか」

「……そうです」

「……」

「……」

「……」

「あの……やっぱり怒ってるの?」

「いいや?」

「じゃあなにさ。その沈黙は」

「あァ、いや。そういうんじゃなくてな。その」

「?」

「……うれしくて」

「……は?」


 素っ頓狂な声と一緒に怪訝なカオを向ければ、シャンクスは照れくさそうに笑った。か、かわいい。


「いや、ほら。昔からあんまり自分の気持ちとか言わねェだろ? おまえ」

「へ? そう? あ、あァ、まァ。そう、かな」

「だから、おれとのことを考えて、それを一生懸命話してるおまえのこと見てたら」

「……」

「なんか、うれしくて」

「……」

「……」

「あァ。そう」

「おう」

「……」

「……」


 今更恥ずかしくなってきて、なんて言ったらいいかわからなくなった。ちらっとシャンクスを見れば、シャンクスまであっちこっちと目を泳がせている。なにやってるんだ。大の大人が二人して。


「……南の島、いいね」

「あァ。来て良かっただろ?」

「うん。ありがとう」

「おう」

「……あのさ」

「ん?」

「どうして、私と結婚しようと思ったの?」


 自分でも驚くほど、すんなり聞けた。今なら、受け止められるような気がした。それがたとえ、どんな理由でも。正直、とても怖いけど。


「……ごまかさないで、言うべきだろうな。おれも」

「……ぜひ」

「おまえに恋愛感情があるのかって聞かれると」

「うん」

「正直、わからねェ」

「……うん」

「今までも、そんな風に見たことなかったしな」

「だろうね」

「だけど」


 数秒黙った後、シャンクスは続けた。


「おれはおまえを、愛おしいと感じてる」

「……」

「どんな女よりも、大切だとも思ってる。いや、思っていた。昔から」

「……」

「昔も今も」

「……」

「おれの隣には、おまえにいてほしい」

「……」

「一生、となれば、幼なじみってだけじゃ限界があるからな」

「……」

「それから」

「……それから?」

「……1日の終わりに、おれはおまえに会いてェ」

「……」

「……」

「……」

「……以上」

「……はい」


 それからは、二人とも何も言わずに海を見ていた。きっと年老いても、シャンクスとはこんな感じなんだろうなと思った。


「しっくりきたよ」

「あ? 何がだ」

「シャンクスの答え」

「……あァ」

「私を好きとは、どうも思えなくてね」

「……べつに、好きじゃないとは言ってない」

「それはでも、人間としてってことでしょ」

「まァ、どっちかっていうとな」

「なるほどね。うん」

「まァでも、それはお互い様だろ」

「え?」

「いや、おまえだってよ、おれに恋愛感情あるわけじゃねェだろ」

「……あァ」

「まァ、そういうのもアリなのかもな。形としては」

「……」

「なんか寒ィな。そろそろ戻るか」


 身震いをしながらシャンクスは立ち上がった。それにつられて私の足も立ち上がる。先を歩くシャンクスを、ただただ見つめていた。


「明日よォ、あっちの方とか行ってみるか?」

「……」

「なんか、洞窟があるらしいんだよ。ナントカっつー洞窟」

「……」

「わくわくするよな! すっげェバケモンとかいたらどうし……***?」


 一向に音沙汰のない私を不審に思って、シャンクスが振り向いた。赤い髪が、南の島の海風に弄ばれている。


 綺麗。


 シャンクスは、いつも綺麗だ。心も身体も、すべて。


 私は、ずっと、


 そんなあなたを、








「好きだよ」










「……は?」

「私、シャンクスが好き」

「……」

「ちっちゃい頃から、ずっとずっと、好きだった」

「……」


 あんぐりと口をほうけて、シャンクスはそのまま固まった。


 いつも私より一枚上手なシャンクスのそんな表情を見て、「ざまあみろ」なんて、状況に似つかわしくないことを思う。


 しばらくしてから、ようやくシャンクスは動いた。


「だっはっは! それはさすがに嘘だろ!」

「……」

「悪いが、それは騙されねェぞ!」

「……」

「だってよ、おまえ……」

「……」

「そんなわけ……」

「……」


 シャンクスの笑い声が、次第に曖昧になっていく。さすがに、そこまで鈍感ではなかったらしい。私の目を見たシャンクスから、ついに笑みが消えた。


「だって、おまえ……言わなかったじゃねェか」

「……幼なじみだったからね」

「……男いたこととか、あっただろ」

「……シャンクスが私を女として見てなかったからね」

「……おれの女の話とか、笑って聞いてたじゃねェか」

「……だって、シャンクスが」


 赤が、次第ににじんでいく。ぼろりと、生暖かい液体が頬を伝って落ちてった。


「シャンクスが、いつも、うれしそうに、っ、話すから……」


 自分でも、不思議だった。当時だって、泣かなかったのに。どうして、今になってこんなにあふれてしまうんだろう。


 そうか。私、


 ずっと、シャンクスに知ってほしかったんだ。


 涙が途切れる合間に見たシャンクスのカオは、私よりも傷付いたカオをしていた。なんだか今にも泣き出しそうで、私もますます泣けてきた。


 シャンクスは、さくさくと足音を立てて戻ってきた。目の前に立つと、私の頭をなでてそのまま自分の方へ引き寄せた。


「……謝るのは、おかしいよな」

「……惨めになるから、やめて」

「……だよな」

「うん」

「……幸せにする」

「……」

「おまえのことは、必ずおれが幸せにする」

「……」

「もう、泣かせねェから」

「……頼みましたよ。アナタ」

「……だっはっは! いいなそれ!」


 ひとしきり笑うと、シャンクスは私の頭に顎を乗せた。ヒゲが当たってチクチクする。くすぐったくなって、小さく笑った。


「不束者ですが、よろしくお願いします」


 そう言えば、シャンクスはしばらく黙って、それから気恥ずかしそうな声で「おう。よろしく」と言った。


 海が、からかうようにザザンと笑った。




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