ありったけの愛に、リボンをかけて -03.09.2013- 1/2
…………………来た。
ついに来たよ、この日が。
3月9日、自室。
私は一人、朝日を浴びながら仁王立ちしていた。
女、***。
今日はやりきります!
―…‥
「***!!サラダ100人分上がりだ!!」
「はいっ!!」
「あー***!!こっちも唐揚げ30キロ揚がったぞ!!」
「はいっ!!」
「******!!甲板の準備はもういいのか!?」
「今見てきますっ!!」
言われたことを頭にインプットして、即座に優先順位をつける。
迅速な判断が大切だ。
甲板の準備ができてないと料理を運べないから、甲板の様子見が先!
そう即決すると、私は甲板まで全速力で走った。
―…‥
甲板を見回すと、完成具合はまだ半分以下だった。
もう!なにやってるの!
プンスカと頬を膨らませてその責任者を探せば、甲板の端っこで項垂れている一人の男性。
「トッドくん?何してるのかな?」
「おう、***!ちょっとくたびれたからよォ。休憩休憩!」
特に悪びれた様子もなく、トッドくんはへらりと爽やかに笑ってみせた。
「しっかしみんな気合い入りすぎじゃねェか?なにもこんな朝っぱらから準備しなくたって、」
「黙らっしゃいっ!!」
トッドくんの愚痴をその大きな叫び声でさえぎると、私は近くにあった手すりをバシンッと叩いた。
トッドくんが「ひっ!」と小さく声を上げて、身体をビクリと揺らす。
「トッドくん!!今日がなんの日かちゃんと分かってる!?」
「なっ、なんだよいきなり…あたりまえだろ?お頭の誕生日じゃねェか。」
「ちっがーう!!」
「へ?」
ぽかんとだらしなく口を開けっ放しにしたトッドくんを横目に、私は強く拳を握った。
「今日は、今までお世話になったお頭に対して愛情かつ尊敬の念をこめてお頭が生まれたことに感謝しお頭のご両親はたまたご先祖様にも感謝する…」
「長ェなオイ。」
「そういう日ですっ!!ただ祝えばいいってモンじゃありませんっ!!」
ビシィッとトッドくんに向かって指を指すと、トッドくんは気圧されたように小さく「は、はい。すみません。」と口に出した。
「私はね、お頭の誕生日に命懸けてるの!!リピートアフタミー『下っ端の 意地と愛情 見せてやれ』!!はいっ!!」
「語呂いいな。っていうかおまえキャラ変わってね、」
「復唱っ!!」
「あ、は、はい。ええっと、『下っ端の 意地と愛情 見せてや、」
「声が小さーいっ!!」
「はっ、はいっ!!『下っ端の 意地と愛情 見せてやれ』っ!!」
「よしっ!!もう一回っ!!」
「『下っ端の 意地と愛情 見せてやれ』っ!!」
「おォ、トッド!頑張れよォ!この日の***は人が変わるからなァ。」
「ほんとになァ。普段はあんなに大人しいのに、さすが船員の鑑だな!」
ぎゃあぎゃあと甲板の端っこで喚く私とトッドくんを、クルーたちがケラケラと笑いながら通り越していく。
そんなすったもんだを乗り越えて、お頭の誕生日パーティー準備は過ぎていった。
―…‥
「頭っ!!ハッピーバースデー!!」
パンパンッと、船全体でクラッカーが鳴ると、船内から甲板へ出てきたお頭は目を丸くした。
「あ?……………あァ!そうだ!今日だな、そういや!」
やっぱり忘れていたらしいお頭は、アゴひげをさすりながら頬を緩めた。
その照れたように綻んだ表情を見ると、汗まみれになって頑張ってよかったなと実感する。
「お誕生日おめでとう!シャンクス!」
「なんだよラナ、知ってたんなら言えよな。」
お頭が困ったように笑ってそう言うと、ラナちゃんはかわいらしく頬をぷっくりと膨らませる。
「私だって朝一番に言いたかったんだよォ。でもサプライズだっていうから我慢したんだもん!」
「だっはっは!そうかそうか!それは悪かったな。」
そう笑いとばしながら、お頭はラナちゃんの頭をポンポンと優しく叩いた。
「おうおめェらっ!!準備はいいかっ!!」
ヤソップさんがいつものように樽に上がってそう叫ぶと、船が猛々しい男たちの雄叫びと共に揺れる。
「我らが偉大なる船長様々の生誕を祝して……………カンッパーイッ!!」
「カンパーイッ!!」
その掛け声の後でグラスのぶつかり合う音がしたかと思うと、お頭とラナちゃんの回りにはあっというまに人だかりができた。
「おうラナ!今日の夜はハッスルしたお頭に殺されないように気を付けろよ!」
「ハッスルっておまえ。」
「ふふっ、覚悟してます。」
「あーあ、いいよなァ頭はよォ!」
「くそう!副船長!いつになったらおれたちもあーんなことやこーんなことができるんすか!」
「そうだな、……………まだまだだ。」
「そんなァ…」
ガックリと肩を落とすトッドくんやクルーたちを見て、困ったように笑うお頭と楽しそうに微笑むラナちゃん。
……………よかった。
お頭もラナちゃんもしあわせそう。
よかったよかった。
…………………いいなァ、なんて…
「はっ!ぽやっとしてる場合じゃなかった!」
よーし、今日はいつもの倍以上働くぞーっ!
人知れず闘志を燃やすと、私は裏方へと走っていった。
―…‥
「おう***!おまえもこっち来て一杯やれ!」
みんなお酒も回り出すと、チョロチョロ動いている私が目につくのか、至るところでそう声を掛けられる。
「はい!いただきます!」
いつもなら遠慮するところだが、なんてったって今日はお頭の誕生日。
素直にその盃を受け取って、身体の許すかぎり煽っていく。
「おおっ!!」といういい大人たちの感嘆の声が、とても気持ちがいい。
私は注がれるがまま、一杯、また一杯とその中身を空にした。
―…‥
「うー、……………ぎもぢわる…」
日付が変わる頃、先程までの気分の良さはどこへやら。
まるで魔法がとけたように、いっきに頭がグラグラと揺れた。
……………うう、どうして私って学習能力がないの…
毎年毎年こうなるってわかってるのに…
このバカちんが…
手に持っている料理が、瞳の中で忙しなく右へ左へ移動する。
話し掛けてくるクルーたちのカオも、もうだれがだれだかわからない。
ああ…まずい…
みんなに心配を掛ける前に去らなければ…
私なんかのことで、この楽しい空気を壊すわけにはいかない。
思考能力のなくなりかけた頭でそう考えると、私は最後の力を振り絞って騒がしい甲板を抜け出した。
―…‥[ 19/20 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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