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「おまえは、……………ペンギンが好きなのか。」
「…………………は?」
ぽかん、呆けたカオで、至近距離にあるローのカオを見上げた。
「ペ、ペンギンさん?」
「…………………。」
「す、好きだよ?なんで?」
「…………………下心あんのか。」
「へ、」
「だから、アイツとセックスしてェとか思うのか、聞いてる。」
「セっ…!!」
なっ、なんてアダルトな単語をさらっと…!!
「なっ、何言ってるのっ、そっ、そんなわけないでしょっ、おっ、おっ、お友だちなんだから…!!」
「…………………そうか…」
あわあわと焦りながらそう言った私に、ローは小さく息をついてそう答えた。
「…………………ど、どうしてそんなこと聞くの?」
「…………………。」
「……………ロ、ロー?」
「…………………別に。」
そう短く答えると、ローはなぜか罰が悪そうに私から目をそらす。
「……………あ、あのね、ロー、」
「…………………なんだ。」
「き、……………昨日は、その、……………ごめんね?」
「…………………。」
「し、心配してくれたのに、あんな言い方しちゃって…」
「…………………。」
「ロ、ローなんてだいっきらいって言ったの、……………あ、あんなの、うそだから…」
「…………………。」
「ほんとに、……………ごめん。」
「…………………。」
昨日の夜、ずっと後悔してた。
ローの気持ちも考えないで、心ないことを言ってしまったって。
ローはただ、私のことを心配してくれただけだったのに。
きらいなんて言われたら、ローだって傷つく。
そう思ったら、一人になったとき、涙が止まらなかった。
「…………………別におまえになんて思われようと、どうだっていいって言っただろ。」
「そ、そっか、……………じゃ、じゃあ許してくれる?」
「それはな。」
「…………………へ、」
呆けたカオをローに向けると、ローは私のそれとはまったく真逆の真剣なカオで私を見ている。
その表情に、不謹慎にも胸が高鳴ってしまった。
「もうおれ以外の男に頼んな。」
「あ…」
「何かあったら、一番最初におれに言え。」
「…………………。」
「たとえおれがだれとどこにいても、……………どんな状況でも。」
「…………………。」
「わかったのか、バカ。」
「…………………うん、わかった。」
私が力強くそう頷くと、ローはふわり、やさしく目を細めて笑った。
その表情に、思わず息が止まる。
ローは、私を再び腕の中に閉じ込めると、その腕に力を込めた。
その温もりの暖かさに、どうしようもなく泣きたくなってしまう。
今までにないくらい、気持ちが溢れ出してしまいそうで、
怖くなって、私はわざとらしいくらいの明るい声でローに話し掛けた。
「ロ、ローって矛盾してるよね!」
「あァ?どこがだよ。」
「だ、だってさ、私に散々男つくれとか、い、いいと思ったらやってみろとか言うのにさ、いざ他の人に頼ると怒るんだから…」
「…………………男つくんのと他の男に頼んのとは関係ねェだろ。」
「……………へ?」
「男がいようがなんだろうが、おまえはおれだけに頼ってればいいんだよ。」
「…………………。」
んんん?
な、なんかまた不思議なことを言い出したよ、この方。
「で、でも、普通は恋人ができたら、そっちを一番に頼るよね?」
「はァ?なんでだよ。」
「だ、だって恋人だよ?」
「だからなんだ。」
「い、いやいや、だ、だってさ、」
「たかだか恋人をなんでそこまで頼る必要があるんだよ。」
「…………………。」
「おれは幼なじみだぞ。ガキの頃からずっと一緒にいるじゃねェか。」
「…………………。」
あ、あれ、
よくわからないのは私だけですか。
「とにかく、今後おれ以外のものを優先するのはやめろ。」
「…………………。」
「男ができてもガキができても、必ずおれの言うことだけに従え。」
「…………………。」
「わかったな。」
「…………………。」
「聞いてんのか***。」
「あ、は、はい。」
頭にハテナマークを浮かべながらもそう返すと、ローは満足げに私の頭をよしよしとなでた。
お父さんが子どもにする感じのそれだ。
変わってる変わってるとは思ってたけど…
ローってやっぱり、人とは違う考え方するな…
頭がいいからかな…
「ところで今何時だ。」
「え、あ、えーっと、……………あ、まだ5時半だ…」
「どうりでまだ薄暗ェわけだ、……………おれは寝る。」
「め、めずらしいね、眠いの?」
「あァ、久々に熟睡したからな。」
そう言いながら、ローは再びとろとろと目を瞑り始めた。
「じゃ、じゃあ私は先に起きるね、……………ん?」
「…………………。」
「あ、あれ、ロ、ロー、ちょ、ちょっと、」
私がどんなにもぞもぞと身を捩っても、ローの腕の力が一向に弱まらない。
「あ、あの、ロ、ロー、私もう起きます、」
「うるせェ、ここにいろ。」
「いっ、いやいやいやいや…!」
これ以上こんな状況が続いたら心臓が止まる…!
そうじゃなくてもさっきから2、3回止まりかけてるのに…!
「いいから、ここにいろ。」
「ロ、ロー、」
「おまえがここにいねェと眠れねェ。」
「…………………。」
「もう動くなよ、***。」
「…………………。」
「返事。」
「は、はい。」
そう答えると、ローは安心したように再び目をゆるく閉じた。
…………………あぁ、もう、
…………………かわいい、
かわいいな、ロー、
すごく、すごく、
…………………愛しい。
しあわせを感じるその気持ちに並行して、
胸いっぱいに広がる、どうしようもない罪悪感。
……………ごめんなさい、
ごめんなさい、ダリアさん、
今だけ、
今だけだから…
そう心の中で懺悔しながら、私はローの背中におずおずと手を添えた。
「…………………ペンギンは、」
「えっ、」
突然のそのローの声に、思わずその手をひっこめそうになる。
「ペンギンは、ダメだからな。」
「な、なにが、」
「ペンギンには、惚れるんじゃねェ。」
「へ、……………な、なんで…」
「あいつは、」
そこで言葉を切ると、ローは少しためらうような素振りを見せてから、こう続けた。
「おれにねェもんを持ってる。」
「ロ、ローにないもの?」
「あいつに惚れた女を、もう何人も見てきてんだよ。」
「ペ、ペンギンさんモテそうだもんね…」
「あいつに惚れた女は、さすがのおれにもなびかねェ。」
「そ、そうなの、」
「だから、」
ぎゅう、と、痛いくらいにローの腕に抱きしめられる。
どくりと鼓動が高鳴って、息ができなくなった。
「おまえがあいつに惚れたら、おまえは、……………おれのことなんて、きっとどうでもよくなる。」
「え…?」
「おれを、独りにすんだろ。」
「ロ、ロー…」
「だから、おれは、」
「そんなことないよ。」
弱々しいローの声をさえぎって、私ははっきりとローに言った。
「そんなこと、ない。」
「…………………。」
「ローのことは独りにしないって、約束したでしょ?」
「…………………。」
「ペ、ペンギンさんは大切な友だちだけど、」
「…………………。」
「私にとっては、ローだって大切な、……………幼なじみなんだから。」
「…………………。」
「あ、はは、ローは考えすぎだよ!」
「…………………。」
「だ、だいたいにして、ペンギンさんにだって、選ぶ権利っていうものが、」
「…………………。」
「…………………。」
「…………………。」
「あ、あれ、ロー…?」
一向に反応のないローの様子に、私はそろりとローのカオを窺った。
「…………………。」
…………………寝てる…
寝てらっしゃるよ、この子…
すやすやと、子どものように寝息を立て始めたローに、私は小さく溜め息をついた。
ほんとめずらしいな、
ローがこんなに寝るなんて…
温泉旅行で疲れたのかな…
そんなことを考えて、ズキズキと再び胸が疼きだす。
この苦しみを忘れさせてくれるような人なんて、
存在するなら、出会ってみたい。
そしたら、こんなに、
胸がしめつけされなくて済むのに…
ローの背中に回した腕に、そっと力を込めてみた。
すると、無意識なのか、ローの腕にもまた力が込められて、
こんなふうに、いつもダリアさんは抱きしめられてるのかな。
そんなことを考えて、どうしようもなく息苦しくなって、
私は声を押し殺して、また泣いた。[ 39/70 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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