45-1

 恥ずかしい。穴があったら入りたい。むしろ掘ってでも入りたい。


 ほんとおれ、どうして***の前でだけ、あんな、あんな――。


『一緒に寝てもいいか?』

『眠れてないんだ』

『嫌な夢をみる』

『……怖いんだ』


「わあああああっ」


 恥ずかしさのあまり、叫びながら食堂のテーブルに頭を打ちつける。


 エースの横を通りかかったハルタが「ますます頭悪くなっちゃうよー」と、けらけら笑って去っていった。


 ハルタに言い返す気力もなく、エースは何度目かわからないため息をついた。


 恥ずかしい。穴があったら入りたい。むしろ掘ってでも(冒頭に戻る)


 テーブルに突っ伏しながら、ふと思い返す。


 そういえば、ずっと前にも、こんなことあったような気がする。


 そうだ。あれは確か、おれが異世界にいたとき。***が、カイシャで宴があるとかで、夜遅くに帰ってきた日。


 どうしておれとの時間を大切に思ってくれないんだと、駄々を捏ねた。おれとの時間には限りがあるのに、いつでも会えるヤツを優先するな、と。
 あのときも、こんなふうに後々後悔した。子どもみたいなことを言って、***を困らせたことを。それに、そんなだせェところを、***に見せてしまったことを。


 ***は、あのときも許してくれた。「ごめんね、エース」――そう言って、笑ってくれた。謝ってほしいわけじゃなかったけど、おれの気持ちが伝わったんだって思ったら、嬉しかった。


 このあいだだって、なんにも言わずに抱きしめて、一緒に眠ってくれた。


 ああいうとき。ああいう、心がへなちょこなとき。


 なんでかわからないけど、***じゃなきゃダメだ。オヤジでも、マルコでも、ルフィでもなく、***にだけ、会いたくなる。


 ***に会って、カオを見て、抱きしめたり、抱きしめられたり、笑いかけられると、心の底からほっとする。許されたような気持ちになる。


 そういうの、ぜんぶぜんぶ、***だけなんだよなァ……。


 どうしてだろうって思うけど、どうしてだろうって考えないほうがいいんじゃないかと、最近感じる。


 それは、なんでかわからないけど、本能がそう訴えてくる感じで、きちんと考えて答えを出してしまったら、必死で積み上げているなにかが、音を立ててガラガラと崩れ落ちてしまうんじゃないかって、そう感じてる。


 ***がいなくなったら、おれ……。〈恩人〉以上のなにかを、失ってしまうんじゃないだろうか。


「わっ」

「――! うおっ」


 すっかり油断していたから、後ろから声をかけられただけで体がびくついてしまった。心臓までバックンと跳ねるもんだから、思わず胸を押さえて振り返る。


 ***が、少し驚いたようにエースを見返していた。


「ごめんっ。そんなびっくりした? 少し驚かせようと思っただけだったんだけど……」


 どうやら、予想以上にエースが驚いたので、逆に驚かせてしまったらしい。***まで、自分の胸を押さえていた。


「あァ。いや、悪ィ。ちょっと考え事してたからよ」

「考え事? ……エースが?」


 ***が、訝しそうにエースを見つめる。


 エースは、むっと唇を尖らせた。


「なんだよ。おれだって考え事くらいするっつーの」

「あァ、そうだよね。ごめんごめん」


 照れたように笑って、***は言った。


「***、おれになんか用だったのか?」

「あ、うん。そうそう。あのね、焼却したいものがあって……」

「焼却? っておまえ、まさか……」


 ***が、申し訳なさそうに眉を下げて手のひらを合わせる。


「うん。そのまさかでね。エースの能力、ちょこーっとだけ貸してもらえないかな?」





「ったく。信じらんねェぜ。悪魔の実をこんなことに……」


 ***に渡される書類の束を、手の上で燃やしながら文句を言う。書類の焼却は、もう数十回ほど繰り返していた。


「だからごめんって。結構な量あったから、普通の火じゃ間に合わなそうだなって」


 書類を手渡しながら、***が申し訳なさそうに笑ってそう言う。


「まァ……いいけどよ」


 ***に頼られるのは、シンプルに嬉しい。火の能力でよかったな、と、頭の片隅で思った。


「ほんとは、そんなすぐに処分しなくていいってマルコ隊長に言われたんだけど……できることはできるうちにやっちゃいたくて」

「できることは、できるうちに……」


 それって、向こうに帰ってしまったらもうできないからって……そういう意味だろうか。


 そんなふうに思って、心の中がもやもやとしてくる。


 すると、***が慌てたように首を振った。


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