42-2

 いつのまにこんなに多くの人が近付いて来ていたんだろう、と、まずはそんな疑問が脳裏を過ぎる。けれど、彼らの人相が悪人そのものだったので、私の呑気な疑問はすぐに消え去った。


「コイツら……山賊だ」


 言いながらディモは、動けないでいる私の前に素早く立ち塞がった。エースに向かって行く時とはまったく違う緊張感で臨戦態勢に入っている。


「なんの用だっ」


 ディモがそう叫んでみせても、男たちはにやにやと口元を歪めているだけだ。


「おーおー、『なんの用だっ』だってよ」

「吠えちゃってかわいいね」

「持ってるもん全部置いていきな。もちろん、金もだ」


 ボスのような男が冷えた声で最後に言うと、山賊たちは一斉に剣を抜いた。すると、後方からも同じような音が聞こえてきて、私たちは完全に退路を絶たれていた。


 ディモも素早く剣を抜く。剣を握る手が、小さく震えていた。


「***……走って、右へ逃げて」


 ディモがそう耳打ちしてきたので、私は首を横へ振った。


「ううん、ディモが逃げて」

「何言ってっ――」 

「そして、助けを呼んできて」

「……」

「私より、ディモの方が確実に脚が速い。絶対にその方がいい」


 私の身体能力では、例え二人で逃げたとしても足手まといになる。それなら、ディモに思いきり走ってもらって、助けを呼んできてもらった方がいい。


 ……助けが来る前に殺されたらどうしよう。


 膝がガクガクと震え始める。けれど、毅然としていないと、ディモが私を置いていけない。


 私は口角を上げた。


「エースが来てくれたら、こんなヤツら一発だよ」

「***……」

「お願いね、ディモ」


 ディモは、きゅっと唇を結ぶと「すぐ戻る!」と叫んで走り出した。


「一人が逃げたぞ! 追え!」


 ディモの全力疾走は本当に速かった。山賊たちがまるで追いつけない。


 私は、ボスらしき男を睨みつけた。そして、そのまま目を逸さなかった。


 絶対に逸らさない――エースならきっとこうする。彼はきっと、一度向き合ったら逃げない。


「震えてんじゃねェか」

「……」

「怖ェんだろ? 命乞いしてみろよ。おまえだけは助けてやってもいいぜ」


 男は、にやりと口元を歪めた。


「逃げられねェんだよ。おまえも……あのガキも」


 その言葉のすぐ後、ディモが逃げた方向から大男がぬっと現れた。その男は、まるでおもちゃでも持つみたいにして、ディモの小さな体を片手で鷲掴んでいた。


「ディモ……!」


 呼びかけても応答がない。傀儡のように体がだらりと折れ曲がっている。はじめのうちは暗くてよく見えなかったが、額から一筋血が滴っていた。


「弱ェくせに向かってくるからだ」


 大男が言う。


「仲間でも呼びに行こうとしたんだろ。……そのガキは殺せ」


 ボスらしき男の言葉に、私は慌てて大男の方へ駆け出した。


「やめて……! お願いっ、お金なら――」

「もう遅い」


 言いながら、大男が大木のような腕に力を込める。ディモが、苦しそうな呻き声をあげた。


「やめて……!」


 その時、あたり一帯がオレンジ色に包まれた。空気がぶわりと熱気を帯びて、後方にいた山賊たちが苦悶に満ちた叫び声を上げる。


 その姿を見て、私は安堵で涙をこぼした。


「エース……」


 エースが、その身に炎を纏って歩み寄ってきている。その表情は、今まで見たことがないくらいに冷えていて、そして、怖かった。


「怪我ねェか? ***」

「私は、大丈夫……」

「……そうか」


 悪かった――そう静かに言って、エースは再び歩き出した。


「ひっ……! コイツ……! “火拳のエース”だ……!」


 山賊の一人が、エースの姿を見てわなわなと身体を戦慄かせる。やがてそれが伝染したように、全員が歯をガチガチと噛み合わせた。


「すまん……! 知らなかったんだ……! まさかっ、白ひげ海賊団の人間だなんてっ――」

「離せよ」


 腹に響く低い声。エースのこんな声を聞いたのは初めてで、私は背筋がぞわりとした。


「その女から手ェ離せって言ってんだよ!」


 拳から火を上げて、大男目掛けて繰り出す。業火は上手にディモを避けて、大男の身体を焼いた。


 焼かれてのたうちまわっている仲間を蒼いカオで見ていたボスが、慌てたように傍らにいた小さな子どもを差し出した。


「殺しがしてェんなら、このガキをやるよ……! なんなら、海賊船でこき使ってもらってもいい……!」


 差し出された子どもが、あぜんとしたカオで男を見る。そして、小さな声で、父ちゃん、と呟いた。


 私の身体から、さっと血の気が引く。思わずディモを見た。


 ディモは、その子どもから目を逸らさないまま、大粒の涙をこぼしていた。


 寒くもないのに体が震える。こんなこと初めてで、どう鎮めていいか分からない。


 いつのまにか、私の傍らにマルコ隊長がいた。震える私の体を支えながら、大きな手で肩をさすってくれている。エースの後に続くように、隊長たちがずらりと並んでくれていた。


「おまえらみたいな親がいるから……」


 エースが、震える拳を血が滲むんじゃないかと心配になるくらいに強く握りしめた。


「おまえらみたいな親がいるから……! おれたちみたいな子どもが生まれてくるんだ……!」


 エースがそう叫んだ瞬間、その場の空気が凍りついた。エースの声があまりにも悲痛で。私たちは何も言えなかったし、何も出来なかった。


 私は泣いていた。傷なんてまったくないのに。痛くて泣いていた。


 心が痛くて、痛くてたまらない。私はきっと、何も分かってない。エースのことを、何も。


 山賊たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。エースは、地面で膝を抱えたままのディモに歩み寄っていった。


「ディモ――」

「触るな」

「……大丈夫だ。おれたちは“あんなこと”しない」

「っ、そんなことっ……分からないじゃないかっ」

「分かるよ。ほんとは分かってるだろ?」

「……」

「オヤジを信じろ。ディモ」

「っ、エース……」

「嫌なこと思い出しちまったな。一人にして悪かった」


 エースの大きな手が小さな頭をなでる。ディモが泣きじゃくりながら手を伸ばせば、エースはそのままディモを抱え上げた。


 ディモを抱きかかえたエースが、私やみんなを通り過ぎて歩いていく。


 その横顔が、知らない人のカオに見えた。





 襲われている時は気付かなかったけれど、ほんの少し切り傷がついていた。忙しいナースさんたちに手当てをしてもらうほどではないけれど、このまま放置して傷でも残ったりしたら、きっとエースやディモが気にする。私はこそこそと深夜の医務室を訪れた。


 医務室の扉をそっと開ける。電気が点いていなかったので無人だと踏んでいた私は、扉を開けた先に人影が見えると、わっ、と声を上げた。


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