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「街中で騒ぎを起こすなと、いつもいつも、あれほど言ってるだろうがよいっ!」
その怒号の後に、マルコ隊長は、エースともう一人――ショートカットの小さな頭に、拳骨を落とした。
拳骨を落とされた二人が、頭頂部を抑えながら、甲板の床の上を転げ回る。
私はそれを、あきれ顔をしたサッチ隊長の隣で、遠巻きに見守っていた。
「なんっでおれまで怒られなきゃなんねェんだよっ!」
拳骨を落とされたところを両手で抑えながら、エースは涙目でマルコ隊長にそう訴えた。
「元はと言えば、"コイツ"が――!」
エースが指を指した、"コイツ"と呼ばれた人物は、勢いよく立ち上がると、マルコ隊長に向けて、人差し指を突きつけた。
「マルコっ! 信っじらんない! 乙女に向かって、拳骨食らわすなんてっ!」
そう叫びながら、その女の子――"ディモ"は、マルコ隊長に向かって尚も「人でなし! パワハラ! DV男ー!」と、ありとあらゆる悪口を連発している。
マルコ隊長は、額に青筋を立てながらも、面倒くさそうに人差し指で自分の耳を塞いだ。
「グラララッ……! そのくらいにしといてやれ、マルコよ」
オヤジさん専用の椅子に座っているオヤジさんが、そう情けの声をかけると、さすがのマルコ隊長も、眉間の皺を和らげた。
「けどよォ、オヤジ」
「オヤジー!」
「あっ、おいこらっ! 話はまだっ」
マルコ隊長の制止も無視して、ディモはオヤジさんの胸へダイブした。
オヤジさんが、うれしそうにそれを受け止めると、マルコ隊長はようやく、やれやれ、と、肩の力を抜いたのだった。
「久しぶりだな。ディモ。元気にしてたか?」
「うんっ! オヤジも元気そうだね!」
「グラララッ……! 当たりめェだ! おれを誰だと思ってる」
そこまでの一連の流れを、ぽかんとして見ていたら、サッチさんが私のカオを覗き込んで言った。
「悪かったな、***ちゃん。あのガキ二人のじゃれあいに巻き込んじまって」
「えっ。ああ、いえ! 突然襲われた時は、さすがにびっくりしましたけど……」
そう答えながら、私は街の防波堤で襲われた時のことを思い出していた――。
*
「エース! 覚悟ーッ!」
その叫び声のすぐ後、夕焼けに浮かんだ人影は、私とエース――いや、エースに向かって、剣を振りかざした。
エースは、小さく舌打ちをすると、防波堤からひらりとジャンプをした。始めから、自分だけが狙われていると分かっていたのか、エースは私をそのままにした。
二人が地面に着地したのは、ほぼ同時だった。襲ってきた人物を、小柄な男性だと思っていた私は、その姿に少なからず驚いた。
ショートパンツから伸びている脚が、あきらかに女性のものだったからだ。
「エース! 今日こそ私はっ、白ひげ海賊団二番隊隊長の座を、貰い受けるっ!」
「やっぱりおまえかァ。――ディモ」
そう言ったエースのカオは、あきれ気味だった。先ほどのジャンプの衝撃で落ちた帽子を、やれやれ、といったふうに、頭に被り直した。そして――
「やれるもんなら、やってみろ!」
その叫び声と共に、二人は同時に戦闘態勢になった。エースの右手からは、炎がぶわりと上がる。
突如始まった激しすぎる戦闘に、私はただただ、あぜんとするしかない。
よくよく観察していると、二人はどうやら戦い慣れているようだった。相手の動きや技を、お互いに分かりきっている。戦っている二人の表情も生き生きとしていて、なんだか楽しんでいるようにも見えた。
だが、しばらくすると、街中の人たちが「なんだ、何事だ」と群がってきた。
さすがに止めなければと思ったが、海賊初心者の私に、なす術などあるわけもない。
一人、おろおろとしていたところ――
「あんのバカ共……」
すぐ横から、聞き慣れた声で、そんな言葉が聞こえた。驚いて振り向くと、そこには広い額に青筋を何本も立てた、マルコ隊長が立っていた。
「***、これ持ってろい」
「はっ、はい」
マルコ隊長は、どうやら買い物の途中だったらしい。
買い物袋を二袋、私に手渡すと、怒髪天突きそうなオーラのまま、二人の方へ向かっていった。
あの激しい戦闘中にも拘らず、マルコ隊長は二人のあいだに割って入っていく。
そして、マルコ隊長の姿を見た二人が、同時に戦闘態勢を解いて、カオを青ざめさせた。
「ちっ、違うんだマルコ……! コイツがいきなりっ」
「まっ、まさかマルコ……女の子にまで手上げないよねっ」
次の瞬間、二人の悲鳴が、同時に夕空まで響き渡った。
私はそっと、エースに向けて、手を合わせたのだった――。
*
「はははっ! そりゃあ災難だったな! ***ちゃん」
サッチさんが、そう言って愉快気に笑う。
「はは……いや、災難はどちらかというと、あの二人の方かと」
「いやいや、いいんだよ。アイツらは。ありゃあディモがこの船来る時の、恒例行事みてェなもんだ」
懐かしむように目を細めたサッチさんに、私は気になっていたことを、おずおずと訊ねた。
「あ、あの……サッチさん」
「ん?」
「あの、ディモっていう子は、いったい……」
「ディモ? ああ。アイツは白ひげ海賊団の、傘下の一人なんだ」
「さ、傘下?」
「ほら、***ちゃんもここに来る前、違う船に乗ってたろ? 兄と妹で、船長と副船長やってた」
「あっ――はい」
「傘下ってのはアイツらだけじゃなくて、他にもたくさんいんのさ。ディモはそのうちの、ある海賊団に属してる」
「な、なるほど……」
つまり、大きく一括りにすると、"仲間"ということになるらしい。
突然戦闘を始めたのだから、海賊初心者としては、"敵"だと思ってしまうわけだけど……。
どうやら、海賊という生き物は、仲間同士でも小競り合いをするらしかった。
「エースとはまァ、あの通りさ」
「え?」
「友だち以上、恋人未満ってヤツか?」
「……」
「あの二人はさ、境遇が似てるんだよ。生きてきた境遇が」
「生きてきた……境遇……」
ひとりでにそう復唱しながら、私はエースとディモへ目を向けた。
二人はいつのまにやら、また言い争いを始めている。
「どこか、共鳴し合ってる。おれたちにゃあ分かり得ねェ、何かがあんのさ。あの二人には」
「……」
「まっ、やってることは、ガキ同士のじゃれあいだけどな。ったく、いつまでも青臭いっていうか――おい、おまえらっ。そのへんにしとけっ」
いつまでもいがみ合いをやめない二人を見かねたのか、サッチさんは二人に向かって歩いていった。
二人を取り囲んで笑っている空気に、なんだかうまく馴染めない。
私は一人、甲板をあとにした。
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