夢、現 -01.01.2013- 1/2

「う、ん……」


 カーテンの隙間から漏れる朱い光が眩しくて、エースは目を覚ました。


 寝惚けた頭が、『朝か夕か』と思案する。


 そういえば、今日の昼飯はオムライスを三十人前平らげたんだったな。


 そのことを思い出して、エースは先程の答えを導き出した。


 あァ……いつのまにか寝ちまったんだな。


 頭を乱暴に掻きながら、エースは気怠いその身体の筋を目一杯伸ばす。


 すると、足が何かに当たった。


 隣に、誰かが寝ている。


 はて、夕食前に『コト』に及んだ記憶がない。


 そして、その相手は誰だったか。


 思い出そうとしてもそれが叶わず、エースはその寝惚けた思考のまま、掛け布団をペラリ、捲った。


 すると、そこには信じがたい光景。


「……!」


 なっ、なっ、なっ……


 どういうことだっ、これは……!


 エースのその隣には、逞しい身体に寄り添うようにして眠る、恩人の姿。


 その格好は、薄手のワンピース一枚で、胸元は露わになっている。


 ふわふわと、呼吸のたびに当たる柔らかい胸に、エースは激しく動揺した。


 ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっと待て……!


 そんなっ……そんなバカな……!


 おれと***がっ、まさかっ、こんなっ、


 こんなっ、いかがわしい関係になるなんて……!


 ありえねェ、そんなはずねェ!


 ***にはぜってェ手出さねェって、固く心に誓ったはずだ!


 おちっ、落ち着け……! 何かの間違いだ……!


 状況を整理して考え直せ!


 エースは一つ、大きく深呼吸をすると、改めてその姿をまじまじと見つめた。


 かわい……


 じゃなくて……!


 服は……まァ確かに薄手だけど、ちゃんと着てるよな。


 それからおれは……


 大丈夫大丈夫、相変わらず上半身は裸だが、下はちゃんと履いてる。


 おれはいっつも終わったらそのまま寝ちまうから、どうやら恩人とは一線は越えてないらしい。


 ……んだよ、くそ!


 って、悔しがってどうする、おれ。


 とにかく、だ。


 どういうわけかは知らないが、おそらく二人で話しているうちに寝てしまったか、はたまた***が寝惚けておれの布団に潜り込んだか。


 まァ、そんなところだろう。


 そろそろ夕飯の時間だ。起こしてやるか。


 ……ビンタされたらどうしよう。


「おい、***」

「う、ん……」

「もうじき夕飯だぞ」

「うー……ごはん」

「おう、ご飯ご飯」


 未だ半分夢の中にいる***とそんな会話をしていると、***がぼんやりとした目でエースを見た。


「……エース?」

「い、言っとくけどな、おれじゃねェぞ。おまえが寝惚けてたんじゃねェのか?」

「……」

「もっ、もちろんヘンなことはしてねェぞ! おれも、ねっ、寝てたんだからな!」

「……ヘンなことって何?」

「へ?」

「こういうこと?」


 その言葉と一緒に、***は上半身だけ起こすと、


 ちゅ。


 エースの唇に、そっとキスをした。


「うーん、寝ちゃったね、今何時?」

「……」

「宴の準備はどこまで終わったかな」

「……」

「わっ、もう結構真っ暗! そろそろ行」

「***」

「ん?」

「い、いいいいい、今」

「うん」

「おれたち、その」

「うん」

「キ……キス、した?」

「うん」

「……」


 そうか、


 やっぱりさっきのはキスだったか。


 そうか、そうか……って、


「えええええっ!」

「わっ、びっ、びっくりしたっ、なにっ」

「なにじゃねェよ! なんでだよ! なんでだよ!」

「なんで二回言ったの?」

「大切なことだから二回言いました! ……って、そうじゃなくてっ」

「どうしたの? エース。なんか変だよ?」

「変なのはおまえだ! なんっ、なんでっ、キっ、キっ……キスなんてするんだよっ」


 いや、おまえの寝込み襲いまくってたおれが言うのもなんだけども!


「もう……私からするの、そんなに変?」

「は?」

「いつもエースからだから、たまには私からでもいいでしょ?」

「おっ、おれもしてんのかっ?」

「……エース、もしかして寝惚けてる?」


 怪訝に眉を寄せた***のカオを、エースは信じられないものを見る気持ちで見つめた。


 おいおいおいおい、


 何がどうなってんだ?


 おれと***はいつのまにそんな関係に……


「そんなことよりエース、そろそろ行かなきゃ! みんな待ってるよ!」

「そっ、そんなことっておまえっ……あっ、おっ、おい……!」


 そう弾むように言ってベッドから出た***に手を引かれながら、エースはふらふらの足取りでその後をついていった。





「エース! ハッピーバースデー!」


 甲板に出ると、たくさんのクラッカーの音と共に、そんな声がエースを迎えた。


「へ?」

「ははっ、やっぱり忘れてた! 今日はエースが主役だよ」


 そう言って、隣でふんわりほほえむ***。


 その手が、未だに自分のそれと繋がれていて、エースの頭はますます混乱した。


「ありがとなァ、***ちゃん! エースを甲板から遠ざけてくれて。やっぱり***ちゃんにしか頼めなくてよォ!」


 サッチが、いたずらを成功させた子どものようなカオで、***に笑いかける。


「いえいえ、私も途中で一緒に寝ちゃいました」

「ほんとに寝ただけェ? おかげでこっちはスムーズに進んだけどさ!」

「手間かけたなァ、***。エースに昼間っから盛ってこられなかったかァ?」


 続いて、ハルタ、イゾウも***にそう声を掛けた。


 それに対して、***はカオを赤くはしながらも、いつものように否定はしない。


 ど、どうなってんだ……?


 これじゃあまるで、みんなもおれたちの関係を、その、そういうもんだと思ってるみてェじゃねェか。


「おう、***と久しぶりにゆっくり過ごせたかよい」

「マママママ、マルコ……!」


 エースは、縋るように頼れる長男の腕を掴んだ。


「なっ、なんだよい、突然……」

「おれと***の関係ってなんだっ?」

「……はァ?」


 眠たそうな目が、一回り大きく見開かれる。


「まだ寝惚けてんのよい。」

「いっ、いいから教えてくれっ! 頼む!」

「……」


 そう詰め寄ると、マルコは怪訝そうに眉を寄せて、ひとつ小さくため息をついた。


「なにって……夫婦だろうが」

「……ふ」


 夫婦っ? なんかいろんなもん通り越して、夫婦っ?


「いっ、いいいいいっ、いつからだっ?」

「いつからって……ついこの前船で結婚式やったばっかりだろうがよい」

「つ、つまり新婚か……」


 それにしても……


 その結婚式すら、まったく覚えてない。


 やっぱりおれは寝惚けてんのか?


「おい***、ダンナどうしたんだよい。様子が変だよい」

「そうなんです、さっきからおかしくって……大丈夫? エース」


 ***が、心配そうにエースのカオを覗く。


「……」


 もしかして……


 みんなでおれをからかってんのか? 誕生日だからドッキリ仕掛けてやるぞみてェなノリか?


 確かにやりかねないことではあるが、いかんせん、さっきの***のキスがある。


 そんな、ドッキリくらいで***がおれにキスするなんて考えにくい。


 ってことはやっぱり、


 ほんとのことっていうことで……


「ほら、エース! エースの好きなものばっかりでしょ? 早く食べよう!」

「お、おう……おォ! うんまほー!」


 食卓に並ぶごちそうたちによって、エースの思考は遮られた。


 まァいい、とりあえず食ってから考えよう。


 いつもの勢いで次から次へと食べものを口に運んでいると、右側から視線を感じた。


「な、なんだよ、***……おれをジロジロ見て……」

「おいしそうに食べるなァって思って」

「な、何をそんないまさら……」

「エースのご飯食べてるところ見るの、大好き」

「!」


 なっ、なんなんだ……


 このとろけるような熱視線は……


 未だかつて***がこんなうっとりした目でおれを見つめることがあったか?


 エースは***の方へ向き直ると、一つ咳払いをした。


「あ、あのさ、***」

「うん?」

「い、いや、その、あ……どうしておれと、その……結婚なんてしたんだ?」

「え?」

「だっ、だってよ、おまえは、ほら……帰らなきゃなんねェだろ?」


 そう。***は、ここの住人じゃない。


 いずれ、あの光が迎えにくれば、***は元の世界へ帰らなければならない。


 ここではなく、自分の世界へ。


「なに言ってるの? エース」

「へ?」

「私の帰る場所は、ここ」


 そう言って***は、エースの胸辺りを指さした。


「私の帰る場所は、エースの腕の中だよ」

「!」

「なんちゃって。ちょっとクサかった?」


 照れたようにおどけて笑う***に、エースの胸は高鳴った。


「じゃ、じゃあ、***はずっとここにいんのか?」

「当たり前でしょ?」

「……どこにも行かねェ?」

「行かないよ……私はずっと、エースのそばにいる」


 そう言葉を切ると、***はエースの手を取った。


「ずっと一緒にいようね、エース」

「……」


 ……あァ、夢みてェだな。


 ***がずっと、ここにいてくれるなんて。


いつかは、離れ離れにならなきゃなんねェって……


 ずっとそう思ってたから。


 ほんと、夢みてェ。


 エースはそのまま***の手を握ると、自分の腕の中へ閉じこめる。


「どうしたの、エース。突然」

「***のことは、一生おれが守っていく」

「……」

「なにがあっても、命懸けて、おれが守るから」

「エース……」


 ありがとう。


 ふわり、はにかむように笑った***の唇に、そっとキスを落とした。


 あー……すっげェしあわせ。


 腹一杯飯食った後より、ずっと、ずっとしあわせだ。


 女は一人に絞らない主義だけど……


 でも、おれ、なんでだろう、


 ……***なら。


 ***になら、縛られても、いい。


 そう思いながら、エースは腕の中の小さな存在を見つめる。


 あー、抱きてェ。いいんだよな、夫婦だし。***は帰らねェんだし。


 なんか、そう思ったらもう我慢できなくなってきた。


「***……今夜は寝かせねェ」


 潤んだ視線でそう囁くと、***はほんのりカオを赤らめながら言った。


「だ、ダメだよ、エース、そんなの……」

「なにじらしてんだよ、おれたち夫婦だろ?」

「そうだけど……今日はマルコ隊長の日だから」

「……は?」


 突然出てきたパイナップルの名前にあぜんとしていると、***がするりとその腕の中からすり抜けていく。


 そして、***が向かったその先には……


「悪ィよい、エース。もう日付が変わっちまったからなァ」

「は? な、何言って」

「ごめんね、エース! ほら、もう二日になっちゃったからさ」


 さっきまでの甘い雰囲気はどこへやら、***はからりとそう言ってのけると、マルコの胸に抱きついた。


「なっ……! おっ、おい……! なに夫の前で堂々と浮気してんだよ!」

「なに言ってんだい、エース。***はおまえだけの嫁じゃねェだろい」

「は、はァっ?」

「そうそう、エース、なに独り占めしようとしてんの!」

「どっ、どういうことだよハルタ!」


 ますます頭が混乱して取り乱すエースにそっと近付いたイゾウが、衝撃的なことを口にする。


「***は隊長クラス全員の嫁だろォ? いまさらなに言ってんだァ?」

「なっ」


 なんだそれ……! そっ、そんなバカな話がっ、


「さァ、***、今夜も思う存分その身体いたぶらせてもらうからなァ。今日は台湾バナナプレイだよい」

「やだァ、もう、マルコ隊長ったら! エッチなんだから!」


 うふふ、あはは、と、周りにバカみたいな柄の花を振りまいて、マルコと***は去っていく。


「ちょっ……! ちょっと待て***! いつからおまえはそんなビッチにっ」

「なに言ってやがんだァ? エース……!」

「オっ、オヤジ……!」


 その声に振り向くと、三日月の奥の口元をくい、と上げて、こう続けた。


「***はおれたちの最高の嫁だ……!」

「ってオヤジもかァァァァァ!」


 かァァァァ…


 ァァァ…


 …


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