この、愛に包まれた檻の中で。1/2 -「実家に帰らせて頂きます。」続編-
「お、いいな。」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟かれたその言葉に、ピクリと耳が敏感に反応した。
「そうだね。……………買うの?」
『ほしいの?』と聞かなかったのは、今がもう2月の中旬に差し掛かっているからだ。
カンのいい夫は、それだけのことでも『誕生日プレゼントはいらない』と、そう先手を打つだろう。
「そうだなァ。まァ、見に行けたらな。」
そう言いながら、テレビに映し出された質の良さそうなレザーの財布から目を離すと、コーヒーをすする。
私は、そんなシャンクスに気付かれないように細心の注意を払いながら、そのお店の住所をチェックした。
―…‥
シャンクスを見送ってから、先程頭に叩きこんだ住所を即座にメモしていく。
それを見ながら、小さく溜め息をついた。
……………どうしよう。
お金。
財布の中を覗けば、十分すぎる札束とブラックのクレジットカード。
先程シャンクスが見惚れていた財布など、何百何千と買うことができるだろう。
でも、これはもちろん、私の稼いだお金じゃない。
シャンクスが、『何かあったときのために』、それから、『ほしいものがあったら遣え』と、私に預けているものだ。
もっとも、食料品や日用品しか買わないから、私の洋服なんかはそんな私を見かねたシャンクスがまとめて買ってきたりする。
却って手間を掛けちゃうから、最近ではちょこちょこ遣わせてもらってはいるんだけど…
「さすがにシャンクスの誕生日プレゼントをシャンクスのお金で買うのもなー…」
好きな人への誕生日プレゼントくらい、自分の稼いだお金であげたい。
ましてや、シャンクスがあんなふうに何かに興味を示すことはめったにないのだから。
だからこそ、私がプレゼントしてあげたいのだ。
「…………………よし!」
私はそう気合いをいれると、パソコンを立ち上げた。
―…‥
「ただいま。」
その5日後。
帰宅を待ちわびていた私は、玄関から聞こえてきたその声に、犬さながらに反応した。
「おかえりなさい。」
いつも通り出迎えにいくと、朝とさほど変わらない爽やかな夫。
……………シャンクスって、くたびれたりすることあるのかな。
「あ、あのね、シャンクス。ちょっとお願いがあるんだけど…」
食後のお茶をすすりながらまったりしているシャンクスに、私は胸を高鳴らせながらそう切り出した。
「お願い?……………おう、なんだ?」
目を柔らかく細めてそう問うシャンクスに、胸がくすぐったくなる。
人間、そうそう容易には変われないもので。
『あのこと』があってからも、なかなか自分の望みなんて言えなかったから、シャンクスもうれしいのだろう。
「あの、……………アルバイトがしたいんだけど…」
「アルバイト?」
私のその言葉に、シャンクスは目を丸くした。
「う、うん。あの、……………と、友だちにちょっと手伝ってくれないかって頼まれて…」
「…………………。」
シャンクスにうそを吐くなんて初めてのことで、どうしてもしどろもどろになってしまう。
「あの、い、家のことはちゃんとやるし、その、ずっとじゃなくて短期だから…」
「…………………。」
「……………ダメかな?」
黙りこくったシャンクスを見つめながら、不安を募らせる。
しばらくすると、シャンクスが困ったように笑って、小さく息をついた。
「……………わかった。」
「!ほ、ほんと?いいの?」
「あァ。ただし、ちゃんと職場の住所と連絡先、教えてくれ。何かあったとき困るから。」
「わ、わかった!」
やった…!よかった…!
心の中でグッと拳を握りしめながら、今日採用の連絡をもらった職場の連絡先をシャンクスにメールした。
かくして、誕生日プレゼントサプライズ計画は実行に移されたのである。
―…‥
「あー!つかれたァ!」
ソファにドッカリと身を預けながら、思わず口からそう漏らしてしまった。
働き始めてから早5日。
朝起きて朝ご飯とお弁当を作ってシャンクスを見送ってから出勤前に洗濯。
帰りにスーパー寄って食材買って帰ってきてから夕飯作ってお風呂洗って…
「はー。世の中の共働きのお母さんたちはすごいなー。」
これに加えて子どもの世話とかあるんだもんな。
今の私には到底できない。
……………甘やかされてるな、私…
そんなことを考えながらテレビをつけると、画面いっぱいに夫のカオが映った。
「びっ、びっくりした…」
大企業の社長さんともなると、こんなこともめずらしくない。
シャンクスのとなりには、つい先日提携したと言っていた、業績を伸ばしてきているという会社の女社長さんがいる。
パリッとしたスーツを着こなして、自信に満ち溢れた綺麗な女性。
悔しいけど、シャンクスと並んでいて似合うのは、明らかにあっちだ。
専業主婦を引け目に感じてるわけじゃないけど…
いつも外で戦ってる夫を見ていると、その苦労やなんかはやっぱり私には分かってあげられないのかなって、不安になってしまう。
働いてる女性って、やっぱりカッコイイし。
このまま働きに出てみたら、少しはシャンクスの心労も分かってあげられるのかな、
「…って、いけない!ボーッとしてる場合じゃなかった!お風呂洗わなきゃ…!」
項垂れていた頭をガバリと上げて立ち上がると、重くなった身体を引きずってお風呂場に向かった。
―…‥[ 3/4 ][*prev] [next#]
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