ルージュの伝言---Thach--- 1/3

今日も今日とてサービス残業だった私は、気だるい身体を引きずるようにして会社を出た。


コンビニに寄って、身体にあまりよくなさそうな油で揚げられた唐揚げ弁当を手に取る。


こんなもので毎日済ませてるなんて知ったら、きっとあの人怒るだろうな。


そんなことを考えながら愛しいカオを思い浮かべれば、枯れ果てた心がほんの少しだけ潤う。


レジに並ぶと、お会計をしている若いカップルの楽しげな会話が聞こえてきた。


どうやら、連休は二人でご旅行らしい。


恋人と旅行、なんて、もうどれくらい行ってないだろう。


恋人と休みが会わないこともそうだが、私のこの連日の残業も大きな原因のひとつだ。


まともに会うことも、最近ではままならない。


お会計を終えたカップルが、手をつないでじゃれ合いながら去っていく。


そのつながれた手を、ぼんやりと見つめた。


…………………私、


なにやってるんだろ。


いつまでもいつまでもイヤミなオールドミスにこきつかわれて、


意地になって、愛しい恋人にも会わずに毎日毎日サービス残業。


連絡もまともに折り返せないで…


「お客様ー、お預かりします。」


コンビニ店員の間延びしたやる気のない声が耳に届く。


一向に動こうとしない私に、店員が少々の苛立ちを込めて続けた。


「お客様ー?お預かりしま、」

「いえ、いいです…」

「は?」

「すみません…これ、やっぱりいりません!」

「え?あ、ちょっと…!」


私は走り出していた。


会いたい、


会いたい、


今すぐ会いたい。


あの逞しい腕に、今すぐ抱きしめられたい。


困ったように眉を下げて笑うあの笑顔に、今すぐ会いたい。


あの暖かくて大きな手に、今すぐ触れてほしい。


低くて甘いあの声で、今すぐ名前を呼んでほしい。


今、今、今、


今じゃなきゃ、


社会人になってから初めてなんじゃないかと思うくらい、全力疾走した。


髪がぐちゃぐちゃでも、ファンデーションが落ちてても、もうどうでもいい。


だって、どんな私でもきっと、


あの人は、優しく受け止めてくれるから。


息を切らしながら夜の街を駆け抜ける。


今からあの人に会えるんだと、そう思っただけで自然と口元には笑みが零れた。


にやけながら走る私を、通行人が訝しげな目で見ても、そんなの少しも気にならない。


早く、早く、


一秒でも早く会いたい。


突然訪ねてきた私を見てびっくりするあの人のカオを思い浮かべながら、ホテル街を通り過ぎようとしたときだった。


ピタリ、私の足が止まる。


品のない外装のラブホテルの前で、仲良く肩を組んでいる2人の男女。


一見、恋人同士に見えるだろうけど、違う。


だって、


……………あの人は、


「もう、サッチー。もっとちゃんと歩いてよォ。」

「あー?歩いてんだろー?」

「そんなに千鳥足でなに言ってんのよ。そんなんでちゃんと勃つのォ?」

「だーいじょうぶだって!さっきから君のおっぱい当たってるから、ほら。もう半勃ちー。」

「ふふ、もう…バカね。今日は楽しませてね?」


2人は、そんなバカップルみたいな会話と共にホテルの中へ消えていく。


自分の荒い息遣いが、やけに遠くで聞こえた。


―…‥


カチャリ。


預かっていた合カギを回すと、小さくドアを開く。


室内はやっぱり真っ暗で、そのことが家主の不在を物語っていた。


見間違いでも、人違いでもなかったらしい。


キッチンにある戸棚の引き出しから、一番大きな紙袋を取り出した。


クッション、歯ブラシ、パジャマ、置き傘、雑誌…


ありとあらゆる私物を、次から次へとその中へ放り込んでいく。


途中で破れたら大変と、もう一枚下から紙袋を重ねた。


ドクドクと暴れ狂っている鼓動とは裏腹に、冷めた頭はどこか落ち着いていて。


それが、とても気持ち悪かった。


すべての荷物を紙袋に入れ終わると、私は一息ついてバッグの中から化粧ポーチを引っ張りあげた。


その中から取り出したのは、誕生日にプレゼントしてもらった口紅。


『たまにはこんなんもいいだろ。あ、ただし!おれの前でだけな!』

『なんでかって?だってセクシーだもんよォ!他のヤローにこんな***、見せたくねェよ。』


鼻の下をだらしなく伸ばしたり子どもみたいに唇を尖らせるサッチのカオを思い出して、思わず笑ってしまった。


それと同時に、ぱたぱたと床に落ちていく涙。


「っ、バカー…」


バカサッチ、


バカバカ、


大好きだったのに。


サッチがいれば、私、


なんにもいらなかったのに。


抱きしめて、『よく頑張ったな』『お疲れ様』って、


サッチがそう言ってくれれば、私、


どんなことでも頑張れたのに。


えぐえぐと嗚咽を上げながら、よたよたとバスルームに向かう。


口紅のキャップを外すと、真っ赤なそれを思いきりくり出した。


サッチへ贈る最後の言葉を鏡に書き殴ると、中身のなくなったそれが力なく床に落ちた。


仕上げに、薬指にはめた指輪を引き抜いて鏡の前の棚に置く。


惨めな気持ちや寂しい気持ちを詰め込んだ重い荷物と一緒に、私は愛しい匂いの溢れたそこをあとにした。



ルージュの



……………やってられっか!


[ 7/11 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#年下攻め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -