ルージュの伝言---Thach--- 3/3

それから2日後、私はようやく小旅行から戻ってきた。


そろそろ携帯電話の電源を入れないと、いろんな方面で問題になる。


そう思って久しぶりに電源をオンにすると、雪崩のようにメールを受信した。


サッチからも何件か来ていたけど、昨日を境にパッタリと止んでいる。


「……………根性なし…」


恨めしく一人言を呟きながら受信したメールをチェックしていると、めずらしい人からメールが来ていた。


「……………エースくん…?」


エースくんから連絡なんて、初めてだ。


元々、サッチの友人だから形式的に連絡先を交換しただけで、連絡を取り合うこともないのだからそれが当然。


首を傾げながらも、そのメールを開いてみる。


『サッチが芯でいる 生きた鹿バネのようだ ゆるしてやってくさい』


「…………………。」


ツッコみたいところは多々あったが、それはさておき、私はその内容に激しく動揺した。


……………死んでいるって…


まさかね。


そんな大げさな…


本当に別れるつもりなんてなかった。


私にだって原因はあるんだし。


でもやっぱりちょっと悔しいから、何日か距離を置いてこらしめてやろうとしただけで…


「…………………ちょっとやりすぎたかな…」


ほんとは明日行く予定だったんだけど…


そんなことを考えながら、私は自宅へ向かおうとしていた足を、サッチの家へと進路変更した。


―…‥


ピンポーン…


インターホンを鳴らしてみても、一向に反応がない。


耳をそばだててみても、家の中からは物音ひとつしなかった。


「まさか、……………ほんとに死んだりしてないよね…」


つい先日のサッチの弱った声を思い出して、私はたまらずドアノブに手を掛けた。


鍵もかかっていないそのドアは、なんの抵抗も示さず難なく開く。


二時間ドラマのワンシーンを思い出して、ちょっと血の気が引いた。


「サ、サッチ…?」


そろりとその中を覗くと、綺麗好きなサッチのそれとは思えない荒れ果てた室内。


唖然とした。


まずい。ほんとにやりすぎたかも。


罪悪感と不安に苛まれながら、ゆっくりと中へ足を進めて行く。


やがてリビングに辿り着くと、ソファに突っ伏したままの大きな身体が目に入った。


ピクリとも動かないそれに恐る恐る近付くと、くうくうと聞こえる小さな寝息。


「よかった…生きてた…」


サッチの生存を確かめると、私はようやく肩の力を抜いた。


改めて室内を見回すと、ところどころにお酒の空き瓶が転がっている。


どうやらお酒に頼ったらしい。


そっとカオを覗きこむと、げっそりとやつれた愛しいカオ。


あんなにこだわってたリーゼントなんて跡形もなくて、目尻には涙が溜まっている。


おまけに「***ー…」なんて寝言まで言っちゃったりして。


「…………………バカ…」


ほんとに、バカみたい。


そのこめかみにそっとキスを贈ると、私は腕まくりをして立ち上がった。


思いきりカーテンを開け放って窓を全開にすると、淀んだ空気が一掃される。


カチャカチャという空き瓶を片付ける音で目が覚めたのか、大きな身体からうめき声が聞こえてきた。


「…………………………***…?」

「あ、おはよー。やっと起きた?」

「…………………。」

「ビン缶ってゴミ回収何曜日だっけ?」

「…………………。」

「あ、ゴミ袋ないじゃん。サッチ、あとでコンビニ行って買ってきて。」

「…………………。」


まさに呆然という表現がピッタリな、呆けたカオをしているサッチの額をピシッと軽く叩く。


「ちょっと!いつまで寝惚けてるの?早くサッチも片付け手伝っ、わっ…!!」


途端、腕が乱暴に引かれて、私はぶつかるようにしてサッチの胸に閉じこめられた。


「***っ…!!***っ…!!」

「ちょっ、苦し、」

「おれがっ…!!おれが悪かった…!!」

「わかっ、わかったからちょっと…!」

「愛してんだってェ…!!***がいなきゃおれ…!!死んじまうよォ…!!」

「いだだだだっ…!ちょっ、骨折れる…!」


おいおいと泣き喚きながら、ぎゅうぎゅう手加減なしですがってくるサッチを、なんとかなだめようと試みる。


「わかった!わかったからちょっと落ち着いて、」

「***ー、***ー、」

「はいはい***です、どうどう…」

「死ぬからなァ…ぐずっ、おまえがいなくなったらこのままのたれ死ぬからなァ…」

「ははっ、どんな脅し文句?」


サッチの大きな背中を優しくさすりながら、私は思わず笑ってしまった。


「ごめん、ごめんなァ***…せっかく会いに来てくれたのによォ…」

「……………うん。」

「おれ、ぐずっ、寂しくてよォ…」

「……………うん。」

「バカだから、酒呑みすぎてよォ…」

「……………ほんとバカだね。」

「おれも、おまえに会いたかったのによォ…」

「……………うん。」


ぐずぐずとみっともなく鼻を鳴らしながら泣くサッチに、ついに私ももらい泣きしてしまった。


「っ、私もごめんねサッチ…」

「なんでだよォ…謝んなよォ…おまえはなんにも悪くねェだろ…?」

「私だって、っ、サッチを一人にしてた…」

「…………………。」

「寂しい思いさせて、っ、ごめんね…ごめんね、サッチ…」

「ぐずっ、***ー…」


ゴミだらけの家で泣きながら抱き合う私たち。


そんなシュールな絵面を頭に思い浮かべると、ちょっと笑えてきた。


「……………とりあえずここ片付けない?サッチ。」

「おまえどこ行ってたんだ…?」

「……………サッチが行きたいって言ってたあの旅館。」

「……………ううっ、だれと行ったんだよォ…」

「一人だって!一人で行ってきたの!もういい加減泣き止みなさい!」


大きな背中をペシリと叩いてみても、サッチが泣き止む気配はない。


「じゃあ、ぐずっ、だれと一緒にいたんだよ…」

「……………仲居さん。」

「…………………へ?」

「だれも男の人といるなんて言ってませーん。」

「……………いつのまにそんな意地悪になったの、***ちゅわん…」


心底ホッとしたように、いつもの軽口を叩くサッチ。


柔らかく頭をなでてくれる大きな手に、私の心は満たされていった。


うん。


私もね、サッチ。


「大好きサッチ。私もサッチがいないと生きていけないよ。」


でも、やっぱりまだ少し悔しいから、


しばらくあの伝言はそのままにしておこうっと。


ルージュの


あ、サッチ。1ヵ月はエッチなしね。


…………………………やっぱり?


[ 9/11 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -