崩壊2/京流+薫
頭が痛い。
事務所に残って、やらなアカン事を確認中。
深刻な顔した社長が入って来た。
告げられた言葉は京君とルキ君の事で。
正直、この事を京君に伝えるんは勇気がいった事やけど。
電話を切る前の、京君の声が耳から離れへん。
やっと。
やっと、京君が笑ってくれて。
精神的にも落ち着いたのに。
今まさに、不可抗力で引き裂こうとしとる事に、胸が痛んだ。
敏弥と付き合っとったら、同じ事務所やったら。
こうはならんかったんやろか。
向こうの言い分もわかる。
売り出しとるバンドのヴォーカルが、男と同棲中だなんて。
世間体を考えれば、いい思いはしない。
それが、同じ音楽業界の相手なら、尚更。
双方から批判が来るのは必須。
「くそ…っ」
短くなった煙草を灰皿に押し付けて、京君が来るのを待った。
別に最中の写真が出回ったワケでも無いんやし、どないでも誤魔化せばえぇって。
そう思うけど、そうもいかへんのがネットの世界。
不穏な憶測が飛び交っとる。
無視出来へん程に。
電話して、3時間が過ぎた頃。
ようやく、京君が事務所に来た。
「…はよ。京君、遅かったやん」
「……るきが泣いて離してくれんかってん」
「あぁ、ルキ君は?」
「…事務所行ったんとちゃう」
不機嫌、とは違う。
何の表情も無く淡々とした京君の口調に、胸が締め付けられた。
京君は、俺が座っとるソファに、少し距離を空けて座って。
その顔は感情がわからんかった。
京君の横顔を見ながら重い口を開く。
「…事務所、な。向こうは別れさせる気満々やけど…大丈夫なん行かせて。もし会えんくなっ、」
「そんなん言うてもしゃーないやろ!!」
言葉を遮る様に、京君の声が部屋に響いた。
「…『嫌』だの『行きたくない』だの、そんな理由で事務所の呼び出し無視出来んやろ。多少なりとも問題起こしとんは事実やし、行かなしゃーないやん」
「せやけど…」
「ホンマ下らん…こんな事ぐらいで何なん…ほんなプライベートの事でグダグダ言うてファン辞めるぐらいやったら、そんなファン最初からいらんわ」
「……」
京君は苛々した口調でそう言うて、右足を揺する。
正直、あっちの社長さんとはえぇ関係でも無いし、敵視しとん丸分かりやし。
強行手段でも取って別れさせられそうな気がする。
多少大目に見とった、人間関係の成れ果てがこんなんやった。
そりゃ怒るわな。
昔から、敏弥と京君が付き合っとったんを見とったから。
今更、男同士やとかそんなん、世間体がどうとか麻痺しとったみたいに当たり前と思っとった。
なのに、何で、今更。
なぁ、もし、京君がルキ君と一緒におりたい言うんやったら。
何とかして、それを食い止めたい。
プライベートに首突っ込む事になるけど。
俺は、こんな事でもう、京君が歌われへんとかは思わんけど。
第三者の力でお互いが想い合っとんのに引き裂かれる現状には納得いかん。
これは俺の感情で、現実問題、お互いのバンドもあるし。
どうすべきかなんて、もう答えは決まっとる。
「…取り敢えず落ち着いたら会議室来い言われとるけど」
「ふーん。別に何も話する事無いけど」
そう言う京君は、煙草を取り出して1本咥えた。
火を点けながら目を細めて遠くに視線を向ける。
「……なぁ、京君。ルキ君と別れた無いんやったら、」
「別れるも別れんも、僕が決める事ちゃうよ。向こうの事務所がそない言うとんやろ。どうしようも無いやん」
「けど、ルキ君は別れたくないやろ。バンド辞める勢いで喧嘩でもなかったら…」
「…僕と別れさせられるからバンド辞めるとかそんなナマほざく奴やったらこっちからお断りや」
淡々と言う、京君の言葉。
何コイツはまともな意見言うとん。
そうやって大人ぶって、欲しいモン物分かりのえぇフリして手放して。
「お前はそれでえぇんか」
「あ?」
「京はそれでえぇの!」
「……」
アカン。
本人よりも、俺が熱くなってどうすんねん。
チラッと俺を見た京君の視線が、足元に落ちる。
ほとんど吸ってへん、指に挟んだだけの煙草が紫煙をくゆらせとった。
「………やろ」
「え?」
「えぇわけ無いやろ!糞下らん事で別れろとかアホちゃうかって思うわ!」
「……」
「でも僕はバンドが大事なん!アイツにバンド辞めて僕に付いて来いなんて、一生背負ってやる保証なんか無いんにどやって言えるん!」
「……」
叫ぶ様に言うた京君の手に持った煙草から、長くなった灰が床へと落ちた。
「きょ、」
「…僕はどうして、無くす時でないと大事なモンに気付かんのやろ…」
そう呟いた京君の頭に手を伸ばして思わず引き寄せた。
俺は今も昔も、何も出来へん。
コイツの事を大事に思っとっても、無力や。
今から行く会議室の部屋の方向に視線をやって頭が痛くなる。
何がアカンの。
ただ幸せに暮らしとっただけやのに。
終
20110407
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