■ プロポーズ

「結婚しませんか」

「…はい?」




今日は、先輩である七海さんと高専近くのカフェにランチをしに来ていた。
グルメな七海さんのオススメということもあり、見た目も味も文句なしで最高に幸せな昼食を堪能した直後だったと思う。

突然プロポーズされたのは。



「えと、あの、…けっ、こん…?」

「はい」

「私と?」

「はい」

「七海さんが?」

「はい」




ダメだ。一向に理解出来ない。
恐らく私の頭がキャパオーバーして、脳内の情報を整理できずにいるのだろう。



「あの、私の間違いでなければ、私と七海さんはそもそも交際していませんよね…?」

「えぇ、そうですね」

「エッ、…なのに、結婚…?」

「はい」



やっぱりダメだ。どうしても理解できない。
私の中で結婚とは、長年交際した上で、この人だったらずっと一緒にいたいとお互いが思えることで行き着く先だと思っている。

つまり、交際を経てない私たちが結婚という終着点にたどり着くはずがないのである。



「決して今すぐ返事が欲しい訳ではありません。」

「え?」

「とりあえず私の気持ちをお伝えしておこうと思ったまでです。」

「き、もち…」

「呪術師はクソです。いつ死ぬか分かりませんから、生きているうちにあなたと家庭を築きたいと思いました。」

「は、ぁ……」


七海さんは決して言葉数が少ない方ではないけれど、だとしても今日は中々マシンガントークである。


「もちろん無理にとは言いません。私の一方的な気持ちだということも承知しています。」

「だ、だったら何故…?」

「言ったでしょう、私たちはいつ死ぬか分かりません。残りの人生をあなたと共に過ごしたくなった、それだけです。」



言いたいことが全て言えたのか、七海さんは店員さんを呼んでサッとお会計を済ませると私を店外へと促した。
あ、私の分の料金……。







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「ぶっ、あっはははは!」

「笑い事じゃないんですけど、五条さん」

「いやいや、これのどこが笑い事じゃないわけ?僕にとっては今年一のハイライトなんだけど」

「私はとっても悩んでるんですけど!」

「いや〜それにしても七海がね!突然プロポーズとは!ぶふっ、あははははっ!」

「(ダメだ、この人に話すんじゃなかった…)」




どうにかしてこの悩みを誰かに相談したかった。
自分一人では解決できると思えなかったからだ。
しかし、硝子さんは猪野くんの治療中だし伊地知くんはいつも通り忙しそう。学生は皆もうすぐ行われる交流戦に向けて自主練中で、他に頼れる人がいなかったのだ。

いつもなら絶対にこの人に相談なんてしないけれど、一秒でも早く答えを出して七海さんにお返事しなくてはと焦っていた私は、仕方なく…本当〜〜〜〜〜に仕方なく、その辺をほっつき歩いていたこの最強術師に相談した。


のだが、案の定まともに話を聞くどころか爆笑しているだけで全く役に立たない。
誰だ、こんな男を最強とか言い出したのは。



「で?名前はどうすんの?」

「はい?」

「だから七海の返事だよ」

「いや、それを今相談してるんですけど」


この男は相談の主旨すら理解していなかったらしい。
もう本当になんでこの人に相談したんだろう私。


「えぇ〜、そういうのって普通自分で考えるもんデショ?僕に聞かれたってね〜」

「ぅ、…確かに私自身が考えなくちゃならないのは分かってますが、それにしてもあまりに突然すぎて、全然理解が追いつかないんです」

「ん〜…でも別に、七海がお前のこと好きなのは今に始まった事じゃないじゃん」

「………は?」



もうこの人と話したって解決の糸口は見当たらないと諦めかけていたその時、彼の口から思いもよらない言葉が飛び出してきた。



「あれ?もしかして気づいてなかったの?」

「七海さんが……?私を……?」

「うっわ、あれだけアピールされててそれはさすがに七海が可哀想だわ」

「あ、アピールなんてされてませんよ!」

「いやいや、アイツが好きでもない女をわざわざランチに誘うような趣味ないでしょ。それも何回も」

「そ、れは…後輩として可愛がってくれて…」

「まぁ猪野あたりはきっとそうだろうね。けどお前は違うよ」


五条さんがあまりにきっぱりと言い切るものだから、そんなわけないと思いつつも狼狽えてしまう。
だって、本当にそんな素振り全くなかったんだもの。



「五条さんの気のせいだと思います。心当たりがないです、私には」

「1級になりたてのお前の任務、七海が代わりに負担してたってこと知ってた?」

「…え、?」

「呪術師ってのはさ、準1級と1級じゃ天と地ほど任務内容に差があんの。まぁ僕くらいになればそんな差はさして気にもなんねーけど、凡人の君たちには違う
。術師の死因の大部分は、昇級後の任務内容のギャップだよ」

「……、!」

「でも、お前はどうだった?この繁忙期のタイミングで1級になったにも関わらず、名前に配分された任務量、少ないな〜って感じなかった?」

「い、われて、みれば…」


1級の繁忙期を覚悟していたけれど、思ったよりかなり少なくて拍子抜けした記憶がある。
思えば、確かにあの時、七海さんは私と比べ物にならないくらい忙しそうにしていたかもしれない。

あの時は、同じ1級でも私と七海さんとでは実力差や経験値の差があるし、そのせいだと思ってた。
でも、もし五条さんの言った通りであれば辻褄は合う。
え、え、…もし本当にそうならば、彼は一体いつから……
五条さんから次々飛び出してくる情報によって、私の頭の中はみるみる七海さんで埋め尽くされていく。



「…ぅ、あ、の…!」

「ほら、はやく行ってやりなよ。アイツあー見えて堪え性全然ないんだから」

「すみません!七海さんのところ行ってきます!」

「いってらっしゃーい」


自分から相談しといて失礼な話だけれど、ヒラヒラと手を振る五条さんなんて視界にも入れずに私は一目散に七海さんの元へと向かった。
彼の居場所なんて、任務がない限りは大体分かる。
思えばその時点で気づくべきだったんだ。
いくら先輩といえど、かなりの頻度でお誘いを受けたランチも、たまたまお互いが観たかった映画が被って一緒に観に行ったことも、休日に偶然出会してそのまま水族館へ行ったことも、全部全部、後輩として可愛がってくれているからだと思っていた。

そして、その全てに対して満更でもなかった自分自身にも、もっと早く気づくべきだったのだ。
だって、そうすればこの心臓の速さも納得が行く。

私、知らないうちにこんなにも七海さんのことを好きになっていたなんて。



自覚して数分、されど想いの期間は今思えばずっとずっと昔からだと思う。

休憩室でいつもの様に読めない表情のままカスクートを頬張る七海さんが見えてきて、速まる心臓とは反対に私の心は落ち着いていた。


あぁ、今日も七海さんは七海さんだ。
あんなに人間らしい人もなかなかいないだろう。
そんな彼が、普段よりも多めの口数で伝えてくれた彼の想い。もしかしたら彼なりに緊張していたのかもしれない。相変わらず無表情だったから、真実は分からないけれど。


私が勢いよく休憩室に飛び込んだことで、七海さんは驚いたように私に視線を向けた。


「苗字さん」

「な、七海さんっ!」

「?はい」

「わ、たし…、七海さんが…!」



勢いで来てしまったはいいものの、先程までの心の落ち着きはどこへやら、言いたいことが上手くまとまらず言葉が出てこない。

しかし、そんな私の様子から全てを悟ったのか、七海さんは珍しくゆるりと口元を緩めて私に視線を合わせた。


「一つ、あなたの考えそうなことを失念していました。苗字さんは、物事の順序や順番に拘る癖があるでしょう」

「…へ、?」

「数日前に結婚の話をしたとき、苗字さんは交際がどうのと言っていましたよね」

「は、はぁ…」

「あのときは私も緊張があったものですから、順を追って話さずすみません。まぁ私は今すぐ結婚でも構わないのですが……」



まずは交際からどうですか?
そう言って私に手を差し伸べた七海さんは、今度は目元まで優しげに緩めている。



「七海さん、私全然気づかなかったんです」

「?」

「ランチに誘ってもらえるのも、映画に連れていってくれるのも、一緒に水族館へ行ってくれるのも、全部全部後輩として可愛がってくれてるのだと思ってました」

「あぁ、…あなたは鈍感の域を超えていますからね。覚悟はしていました」

「す、すみません……。でも、今はちゃんと伝わってます。この前七海さんが言葉で伝えてくれたみたいに、私の方だって、きちんと伝えなくちゃフェアじゃないですよね」

「……そうですね。そうしてくれると、私も嬉しいです」



なんだかむず痒いような、小っ恥ずかしいような、そんな気持ちで私は差し出された七海さんの手のひらに、ゆっくりと自分のそれを重ねた。


「七海さん」

「はい」

「私、七海さんが好きです」

「、はい」

「だから、私でよければ喜んで!」


我慢ならずにそのまま彼の胸に飛び込むと、嫌がられるかと思いきや、七海さんは逞しい両腕で私の背中を優しく包み込んでくれた。



「私は、あなたが思っているよりも大人びていないですし、理不尽なことも言い出すかもしれません。」

「?はい」

「ですが、何をどうされようと今後あなたを手放す気は一切ない」

「!」

「後から嫌になってももう遅いですから、覚悟しておくように」

「ふふ、はい!」



こうして晴れて恋人同士へと昇格した私たちは、まだまだ新米カップルであることに変わりはないけれど、お互いの薬指にお揃いの輝くリングをつけ始めるのも、そう遠くないお話だったりする。





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