テストと鬼ごっこ
ぱたり、汗が地面に落ちた。
話が来たのは本日の防衛任務後。収集されたメンバーは攻撃手、銃手、狙撃手とばらばらの面子。その上、齢も隊もバラバラだ。
入ってきた順番に米屋や当真というA級隊員、それから太一等のB級、オペレーターは仁礼のみ。そして最後に入室した名前はS級だった。
「なにこれ、どういう組み合わせ?」
「さあ?」
誰も呼び出された理由を知らないらしく、法則性の見えない組み合わせに収集をかけられた全員は小首を傾げた。
入ってきた本部長は真剣な顔つきをしており、隊員たちは気を引き締める。どういう目的で集めたかはわからないが、どんな任務だろうとやりきって見せる。隊員たちはそう思っていたはずだった。
本部長がその内容を口にするまでは。
「……は?」
「次のテスト、全て赤点を回避しろ。以上だ」
もう一度は?と聞きたいところだから、聞けば聞くほどに聞きたくない単語が出てくるだけだ。どんな任務でも頑張ろうと決めた者たちは思った。
無理だ。
「テスト」。この三文字を聞いただけで胃痛がし、頭痛がし、寒気がして震えが止まらない者たちしかここにはいないのだ。もしくは開き直ってテスト期間みんなが勉強モードなのをやり過ごして案の定赤点を取って「えへっ」と言ってるような奴ばかりなのだ。
そんな奴らに本部長も無理をおっしゃる。名前はそろそろテスト頑張らないと大学がやばいぞ的なお叱りだろうなと思って聞いていたが、本部長は続けた。
「今回のテストで赤点を取ると任務停止になる。あまりにひどいようなら最悪ボーダー脱退だ。心して勉強するように」
「は、え!? 脱退!?任務停止!? いつまで!?」
「次のテストで全部赤点回避するまでだろうな」
「WHY!!!????」
「名前……英語使えたんだな……」
「さすがに忍田さん私を馬鹿にしすぎだろというかお前らも驚くなよ傷つくぞ」
本部長が説明するには、赤点を取られて学校の勉強意識を下げられるのは困るという苦情がいくつか来たということらしい。
元々学生を働かせている、という点を学校側に目をつぶってもらっている分、ボーダーはあまり大きな顔をしていられない。学業に支障をきたすのはいかがなものかという意見は前々から集まっていた。
今回はついにPTAまで乗り出して来ているというのを忍田が続け、これはマジなやつだと隊員たちは冷や汗をかいた。
学生の本分は学業、というのは紛れもない事実で、それに反論する弾をこちらは持っていない。市民を守るため、と言えばならそのために子供たちに学問をする時間を削るのかなどと反論されることは目に見えていた。
「市民を守ってるのに学力も守れとか無理ゲーすぎ笑えない」
「だよなー。俺ら忙しいもんなー」
「訓練したりゲームしたり昼寝したりなー」
「なー」
「お前らは特にまずいだろう! 今年受験だぞ!!」
暢気にへらへらと話を聞いていた今学期から高3になった名前と当真に忍田が叫んだ。
「私ボーダーに永久就職するから」
「俺も」
「言っておくが、大人になってもトリオンが維持できなければ職員になり、そうなれば基礎学力は必要だぞ」
「「えっ」」
受験生組二人は「え? マジで?」と本部長を見て、「マジで」と本部長は見返す。
よく考えればそうだ。そうでなければあの太刀川がわざわざ大学に進学するわけがない。ずっと戦闘員が出来るなら「俺戦闘員だから〜」と言って当真、名前と共にだらだら本部で昼寝生活のはずだ。
本部長に年上の隊員を捕まえて勉強をしろ、連絡はしておく、というお達しを頂いた馬鹿共が部屋を後にして真っ先に思ったのは「勉強しなくちゃ」ではなく「逃げなきゃ」であった。
「……どうする?」
「とりあえず部屋……駄目だすぐ捕まる。玉狛……ああああレイジさんがいるうううあの筋肉めえええ!!」
ドドドドドドド。頭を抱えているとまるで地響きのような音が聞こえ、さあっと一同は青ざめる。ギギギとブリキのように振り返り、悲鳴を上げた。
「っぎゃああああ風間さんはえええええ!!!」
「走れええ!! 命だけは死守せよ!!!」
_____その日、本部にいたものたちの証言によれば。名前を筆頭に濃い面子が風間、三輪、人見、荒船、そして理由も知らず何となく面白そうという理由で迅と太刀川が追いかけていたという。
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