終焉へと加速する其々の歯車 [ 11/11 ]
千月の気配を追って木から木へと飛び退り移動していた千景が不意に足を止めた。
其処には予想だにしなかった光景が広がっていて、彼は唾を飲み込むのもやっとだったのだ。
傷だらけの両者の間には、千月が封じられていた祠があった。
「…ほんっと、最強と謳われただけあるよ…鬼神様」
「貴様も、最強ではないにしろ…よくここまで耐えた、褒めてやろう」
終わりだ、そう言う代わりに残酷に歪んだ表情をした千月が後鬼を光の鎖で拘束した。
四肢を鎖によって縛られ、自由を失った後鬼がもがくもそんな彼に千月が距離を詰める。
「…ははっ、本当に…一介の鬼に絆されて鬼神としても誇りを失っちゃったんだ、ね」
「―千景と共に生きる事をそう否定されるのであれば、仕方あるまい」
「ほんっと、残念だよ」
拘束された後鬼が口を大きく開き、最後の抵抗とばかりに口に光の塊を現出させ今まさにそれを千月へ放とうとしていた。
次元を超えた二人の戦いを呆然と眺めていた千景は、やっと我に返り自分の持てる全速力で千月の元へ向かった。
後鬼の口から放たれた光の塊の前に立ちはだかった千景は、刀を抜いてそれを盾にした。
「ちぃっ!?」
「遅くなった、千月」
「馬鹿だな、二人揃って死ぬよ?」
凝縮した光は千景の刀を真っ二つに折り、彼の身体を貫くとそのまま千月の身体をも貫いた。
ごほっと、千景が血を吐くと背後の千月の表情が蒼白に歪む。
「千景ぇーっ!!」
己をも貫き、身体に穴が開いたと言うのに千月は気にした様子も無く千景の身体を受け止める。
例え鬼の治癒力を持ってしても、千月と略互角の後鬼の攻撃は一介の鬼には致命傷なのだ。
それを解っていた千月は自分の腕に喰らい付き、その血を口に含むと千景に口移しでそれを飲ませた。
口を離し、千景の様子を心配そうに伺う千月に彼は微笑んで目を細める。
「…そんなに、心配するな…大事ない」
「馬鹿を言えっ!!だから来るなと言ったのだ、何故…―」
「千月、我が妻よ」
「!」
「俺には世継ぎも大事だが。それ以上に、千月が必要なのだ…らしくもないがな」
千月の頬に伸ばされた千景の手を、彼女はそっと包み込んだ。
どう応えたらいいか、どう応えたいかなど千月には自然と解っていた。
「ちぃっ…、儂は…儂はお前と一緒に居たい…っ」
「千月、」
「っ、待っていろ…すぐに片付ける」
ぽろり、千月の頬に一筋の涙が伝った。
それは千景が初めて見た千月の涙で、一瞬驚いて目を見張るが静かに目を細める。
千月はゆっくりと立ち上がり、千景を庇う様に後鬼の前に立ちはだかった。
後鬼は先程の攻撃が切り札だった様で、鎖に四肢を繋がれたまま苦笑していた。
それを厳しい表情で見つめる千月の瞳は、涙に濡れている。
「儂は、弱くなったのかも知れん」
「そうだね」
「失いたくない、傷つけられたくないと心が叫ぶ」
「解ったでしょ?荷物でしかないんだ」
「だから、私から奪おうとする者には…何処までも非情になれる」
「!?」
「すまない、後鬼。一介の鬼などに心を許した愚かな鬼神に、永劫…封じられてくれ―」
「前、鬼ィィイイイイイ!!」
千月は自分の指を八重歯で噛み、血を滴らせると宙に字を刻む。
“封”の文字が光を帯び、巨大な陣となって後鬼の身体を縛り付けるとそのまま祠へ引きずり込んで言った。
最後まで後鬼は千月の鬼神の名を叫んでいた ―
予め用意しておいたお札を懐から取り出した千月は、それを祠へと貼り付ける。
「許せ、後鬼よ」
そう呟くと、我に返った様に千景の元へと駆け寄った。
意識を失っているものの、彼の傷口は大分塞がってきていた。
それに安堵して溜息を吐いた千月は、自分の両手を見つめる。
血に濡れた両手は、もう後鬼のものなのか千景のものなのか、はたまた自分のものなのかも解らない。
戦いの中で生きてきた千月にとって、血など慣れたものだった。
それなのに、ふと脳裏に浮かんだのは産まれたばかりの我が子。
穢れの無い無垢なその存在を、血濡れたこの手で抱く事を想像すれば手が震えた。
「そうか、鬼神である我が身には…過ぎたものであったという事か」
鬼神に、情は無い。
命を奪い、散らしても眉一つ動かさなかった過去の自分。
今もさして変わらないのだろう、ただはっきりしている事は ―
千景の傍に居て、出来れば子の成長を見守りたい。
ただ、情が湧かないかも知れない自分が恐ろしかった。
「まったく、儂らしくもないのう」
少し血色の良くなった千景に、もう一度自分の血を口移しで飲ませる千月。
傷口を見れば塞がっていて、“やっと動かせる”と彼の身体を軽々と担ぎ上げた。
そんな千月も後鬼の攻撃を受けてはいたが、既に完治していた。
「…帰ろう、千景。
これから、お前達に学ぶ事が多いだろうが…宜しく頼むぞ」
家族を手に入れた鬼神の物語は、まだ始まったばかり ―
END.
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