いつか見る空 | ナノ
ふと、マルコは彼女の外套の釦がひとつ外れてしまっていることに気が付いた。

紙袋を脇に抱え直し、それを直してやる。


その時に外套の中から覗いた白いシャツを見て……マルコはどうにもいたたまれない気持ちになった。


そして呆れながら「ジョゼ………。お前その年になってもまだジャンのお下がりを着ているのか」と言う。


彼女はうん……。だって捨てるの勿体ないし直せば着れるよ。とこれもまた事も無げに言ってみせた。


「………小さかった頃はそりゃあそれで良かったのかも知れないけれど、今お前とジャンは身の丈も同じくらいなんだし…服は別々にした方が良いんじゃないのか。」


と言うと、「でもまだ私の方がちょっとだけ小さいから…」と零す。


………たかだか数センチしか違わないじゃないか。


マルコは何だか頭を抱えたくなった。

というのも……彼女はジャンとそこまで体型の差は無いのかもしれないが…たったひとつだけ大きく異なる箇所があったからだ。

そこが否応無しに存在を主張し、非常に窮屈そうに胸部の釦と布の合間に皺を作っていたので…マルコは見ていられなくなってきっちりとジョゼの外套の釦を閉め直す。

やはり男性用に作られた衣服では無理がある。

…………そこはかとなく頬が熱くなってしまったのには気が付かないふりをした。



「ジョゼ。………何か服を買おう。来年はもう15才になるんだから女性としてきちんと身だしなみに気を使わないと。」


そして少し眉根を寄せながら嗜めるような口調で言う。


しかしジョゼは「ううん、でもそんなお金はもう無いよ…」とあまり自らの成りを顧みる様子なく応えた。


「いや、駄目。買おう。
………ああそうだ。マフラーを貰うんだし…これを僕からのクリスマスプレゼントにするよ。」


そう言ってマルコはジョゼの手を取って…思ったよりもそれを自然と行えた事に内心驚きながら…婦人服を取り扱う店が丁度目に入ったので、そこに連れて行こうとする。


だが、逆にマルコの掌は彼女にぎゅうと握り返され引き止められた。


(……………………?)


思わず振り返ってその方を見る。

ジョゼはマルコの手を強く掴み、彼が一際きらきらとした空気を放つその店へと向かうのを阻止しようと踏みとどまっていた。


「……………………どうした?」


何やら形相も必死なのだがその理由が分からず、マルコは少々困りながら尋ねてみる。


「いいよ………。ほ、本当に大丈夫だから、…………。」

「遠慮するなよ。シャツの一枚程度ならそんなに高いものでも無いだろ。」

「あ、えっとそういうことじゃなくて………」

「………………うん?」


マルコはジョゼの非常に惑った様子が可哀想になって来て、ひとまず彼女の傍に戻ってくる。

そして大丈夫だから、というように力がこもってしまっている掌の上に空いている方の手をぽんと置いた。


「なんていうか……その。ああいう店に入るのは……」


しどろもどろなジョゼの言葉に相槌を打ち、辛抱強くマルコは続きを待つ。


「女の子みたいで恥ずかしいというか……」

「…………………。お前は女の子じゃなかったのか……。」

「いや女の子だけれど……。」

「まあ……、言いたい事は大体理解したよ。」


分かった分かった、と軽く頭を撫でてやる。

買ってやりたい気持ちは山々というか…その、とある部位は結構前から気になるところではあったのでどうにかして欲しいと強く思うのだが、無理強いはよくない。

今日は折角二人だけで街に来たのだから……ジョゼにとって楽しいことを多くしたい。

そして今が彼女の中でずっと良い思い出として留まってくれるのなら、それはとても素晴らしいことだと思う。


「でも……。そうだなあ、僕にも何か贈らせてくれよ。貰いっ放しじゃ仕様が無い。」

「大丈夫だよ。マルコには本当にいつも良くしてもらってるし……」

「それはお互い様だろ。」


気にするな、と言っては手を繋いだままでマルコは歩き出した。


ジョゼの指先は少しかさついて、でも温かい。これに触るのが…触られるのが好きだった。

本当はもっと触ってみて欲しいとも思う。


無言で歩く速度を緩め、辺りを今一度見回した。


街路は清潔に掃除されて、石畳はしっとりと露に濡れている。

どの商店も小綺麗にしていて、磨いた硝子の飾窓には様々の珍しい商品が並んでいた。

珈琲店の軒にはこの季節らしい花樹が茂り、街に日蔭のある情趣を与える。


(平和だなあ…)


心からの安穏の中でそんな言葉がマルコの胸の内を過った。そうしてこれが続いてくれればと願う。

例え狭い壁の中のみの出来事であっても、小さな幸せをひとつずつ確かめていければそれで良いのでは無いか…

そんな、普段より血気盛んなエレンが聞いたら怒りそうなことを本気で思ってしまいながら、二人で少ない会話を楽しみつつも雑踏に紛れていった。


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