ジャンの為には、深い緑色の毛糸を買った。
二種類の毛糸玉がいくつか収まった紙袋を大事そうに抱きながらジョゼはマルコと並んで店を出た。
外に出ると冷たい北風が商店が並ぶ長い通りの向こうから真っ直ぐに吹き下ろして来た。
道に並んで生える樹木もその度にさあっと葉の落ちた梢を鳴らす。思わず二人は身震いをした。
「ほんと…随分寒くなったね。」
マルコは外套を着た自身の腕を抱く様にする。喋ると息が白い。雪もそろそろ降るのだろうか。
「そうだね。でも街は相変わらず賑やか……」
ジョゼも寒そうな仕草で両掌を擦り合わせた。
「街には良く来るの?」
その口ぶりから尋ねてみれば、彼女はこくりと首を縦に振る。
「休みの日とかは結構。」
「ああ……。時々見かけなくなるときはここらに来ていた訳か。」
「そういうこと……」
「やっぱり女の子たちで揃って?」
マルコはジョゼと隣り合って歩きながら、数軒ほど続く女性ものの服飾や雑貨を取り扱う店を横目で見る。
彼女がこういったいかにも女子好みしそうなところにいるのは想像がつかなかったが…
「いや一人で。」
ジョゼは物珍しそうに周りを見て歩くマルコとは対照的に真っ直ぐに前を見据えながら答えた。
「…………一人で。」
マルコは思わずそれを反復して言う。
「うん。ぶらぶら歩いたり、景色を見に……ちょっとね。」
「いつもみたいにジャンを誘えばいいじゃないか。」
「…………兄さんには兄さんの友達がいるからね。ずっと一緒にくっ付いていても仕様が無いよ。」
思わず、ジョゼの方を見た。
………もしかしたら今日も。自分が毛糸を一緒に選びにいこうと持ちかけなければ、彼女は一人でここを歩いていたのかも知れない。
「一人だと…寂しくない?」
とくにこの時期は。とマルコは付け加える。
年末に向けて賑やかになりゆく街中は皆恋人や友人、家族と連れ立っていて一人で道を往く人間はほとんど見当たらない。
「そんなことはないよ。一人でいるのも中々……それにずっとこうだったし、ね…」
逆に今…こんなに人と一緒にいる時間が多くなったことに驚いているよ、とジョゼは事も無げに言ってみせた。
「……………………。」
マルコは視線を冷たい石畳の落としてそれを聞いていた。
………人が多いのでそれを避けながら歩くと、時々彼女と肩口が触れ合う。腕も当たる。掌を繋げたらなあ…と思う。
「ねえ………。」
そして声をかけてみる。相変わらずジョゼは前を見ながら、けれど軽く相槌を打って応えた。
「これから街に一人で行くときは…僕も一緒に行くよ。」
ジョゼが瞳だけ動かしてこちらを見る気配がする。身体の芯がじんとして熱い。何だか堪らなくなる。
「も、勿論一人のほうが好きなら無理にとは言わないけれど、さ」
僕も街の様子は時々見に行きたいし、用事がないこともないから、とマルコは早口に言い訳めいたものを並べた。
ジョゼはやや焦った様子の彼を少し観察した後に、「私と来ても…あんまり面白く無いと思うよ。」と零す。
その表情の変化はいつものように乏しい。それでもマルコは彼女の心理がよく分かっていた。いや、最近ようやく分かる様になったのだ。
………結構長い事それを知ろうと僕は努めてきたから…その結果がどうやら、実を結んでいるらしい。
だから今、ジョゼが何かを思い出して…少しばかり悲しい思いをしていることを理解していた。
自分を落ち着かせる様に周囲を見回す。
やはり街は冷えた空気の中で賑やかだった。
街路樹は風が枯葉を掃ってしまったので裸である。その隙間からは商店の並びから漏れる鮮やかな色が覗いていた。
普段簡素過ぎる造りの訓練場にいるので、綺羅びやかなこの空気に少し酔いが回るような心地がする。
「面白くなくなんかないよ……。」
けれど、口から出た声は存外しっかりとしていた。
そのままでマルコは言葉を続ける。
「僕はジョゼといるのは結構楽しいし……好き、だと…思う。」
何だか照れ臭くなって最後は尻すぼみになってしまったが、ジョゼは確かにそれを聞いたようだ。
それは少しの時間が経ってから…彼女の髪から僅かに覗く耳がほんの少し、朱色に染まってしまったことから与り知ることが出来る。
……………ちゃんと見れば、こんなにも分かりやすい子はいないのに何で皆分からないのかな。
それを見てマルコは緩く笑う。
いや………分からなくて良いんだと思う。僕だけが知っていればそれで良い。
「私もマルコといると楽しいよ……。」
そして小さな声が喧噪を縫ってきちんと自分に届けられた。
……………嬉しい。素直にそして強くにそう思う。
「じゃあ、次に街に行くときは声をかけてくれよ。」
「うん……。迷惑じゃなければ。」
「迷惑な訳ないだろ。さっきから何なんだ、怒るぞ」
「あらら…怒らないで。」
ジョゼはそう言ったあとにほんの少し笑う。そして、じゃあ…誘うね。とようやく言った。
マルコは約束だぞ、必ずだからねと念を押す。ジョゼは分かった、と彼が頑なになる理由をよく理解できず…でも喜んでいるようだった。
それを受けてマルコの胸の内も温かな心持ちに溢れてくる。
上機嫌になって、彼女が胸に抱く紙の袋を持つよ…と取り上げた。
いいよとジョゼは言うが、それはあっという間にマルコの手の内に収まってしまう。
彼女はちょっとだけ肩を竦めた後…やはり、マルコの掌は大きいなあと自分の手と見比べてはつくづく思う。
(男の人なんだなあ……)
何故だろう。兄であるジャンの手を見てもそうは思わないのに、時々ジョゼはマルコが男性なんだと妙にしみじみと感じ入ることがあった。
……………まあ。当たり前のことなのだけれど。女だったら大変だ。
ジョゼは自身の思考のおかしさにちょっと笑ってしまう。
またマルコが何笑ってるんだ、と尋ねてくる。彼女は首を振って何でも無い、とだけ答えた。
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