……………二人は黙々とスープとパンを口に運んでいた。
(……………。)
背筋を正して食事をするジョゼに対してペトラは美味しい、と尋ねてみる。
何分表情が固く厳めしいのでその心の内がよく分からないのだ。
ジョゼは険しい表情のままで「とても」と返事をする。
……………到底美味しく食べてくれているようには思えなくて不安なのだが、本人がそう言ってくれているのでまあ…良しとしよう。
ペトラは察しの悪い女性では無い。
目の前の少女が見た目程極悪な人間では無いことは薄々分かっていたし、厳しい外見に寄らず優しい人間だっていることも日頃無愛想な上官を通して充分理解していた。
だが……それにしても怖い顔だ。見れば見る程に。
そして会話が無い。
若干の気まずさが漂う夕餉である。
(でも……一人よりはずっと………)
ペトラは少し表情を和らげて、「それにしても公舎から遠いのによく一人で来れたわね。」と話題を振ってみる。
…………先程の門前でのやり取りでも感じたことだが、どうもジョゼというこの新米兵士は会話が苦手らしい。
それならばここは先輩として、自分がこの場を取り持ってやらなくては。
「はい。………凄く迷って…お昼時に発ったのに関わらず、今の時間になりました。」
「そ…それはご苦労様だったわね。」
「なのでお腹が減って死ぬかと思いました。」
「そう……。」
「でもペトラさんのお陰で何とか生きています。」
どうもありがとうございます、と深々お辞儀をされるので思わず頭を下げ返してしまった。
「………大変な思いをして来たのに、エレンに会えなくて残念だったわね。」
笑ってしまいながらそう言うと、ジョゼはそろりとして目を伏せる。
「でも……、エレンの傍に貴方みたいな優しい人がいてくれたのを知れたから…それで良かったです。」
そう呟いた彼女の表情は先程よりはほんのりと柔らかだった。
ペトラの心持ちも自然と穏やかになる。
………静かな夜だったので、近くの森で猛禽の鳴く声がよく聞こえた。彼等の夜はこれからなのだろう。
「最近、エレンはどうしてますか……。」
元気にしてますか、と今度は逆にジョゼが尋ねてくる。
やはり心配そうな色を含んだ声であった。
ペトラは安心させるように微笑み返して、「ええ元気よ。元気が有り余り過ぎてよくリヴァイ兵長にどやされているわ」と少しおかしそうにする。
「…………エレンがどうしてるか、聞きたい?」
食べ終えた食器を少し横にずらして聞くと…まだ僅かばかり残ったスープを匙に掬っていたジョゼが彼女を真っ直ぐに見る。
そしてひとつ頷いた。
「…………エレンと仲良しなのね。」
少しの間を置いてペトラが呟き終わる頃には…ジョゼもまた食事を終えて皿を少し脇へとやる。
「はい……、エレンは友達です。……私に沢山話かけてきてくれます。だからとても大事で……」
彼女の発言は相変わらずうまくまとまり切らない。
けれどペトラは、幾分口が軽くなったその表情に僅かばかりの笑顔を感じ取ることができていた。
(もっとちゃんと笑えば……きっとかわいいのに。)
そう思ってから軽く頭を振り、彼女の要求に応えて古城でのエレンの様子を話すことにした。
ジョゼはまた黙ってしまい、じっとその発言に耳を傾けている。
けれどもう気まずさはあまり感じなかった。
また森かげの方から猛禽の十羽二十羽が夜霧の仄かな中を鳴きあわすのが聞える。
それはただ、野の末から野の末へ風にのって響くようだ。
*
「………調査兵団は入団してからも覚えることが多くて大変でしょう。」
「はい……。でも、色々なことを知るのは楽しいです。」
「そう、ジョゼは熱心なのね…。偉いわ。」
「いえそんな……。」
ジョゼの頬が微かに赤くなる。照れているらしい。割と単純な人間のようだ。
…………ペトラとジョゼの話題はエレンのことからすっかり別のことに移っていた。
どうやら二人の相性はそう悪くはなかったらしい。
数時間程前、出会った直後のぎこちなさは最早その場に存在していなかった。
「入団したての時は何かと不安が多いから…何かあったら言ってね。相談に乗るわ。」
「ありがとうございます。」
「今のところは悩みは無いかしら、大丈夫?」
「悩み……。そうですね、やはり入団してから初対面の人との付き合いが……」
「ああ………。」
ペトラは事情を察して相槌を打つ。
………自分も遂先程までジョゼの凶相に恐怖すら感じていた身だ。
恐らく新しく顔を合わせた同期、そして上官との付き合い方はそれはそれは困難を極めているのだろう。
そう言う面に関して彼女はあまり器用そうな人間にも見えないし……
「そうね…。人付き合いの基本としては、まず挨拶かしら。」
当たり前のことだけど…とペトラは仕切り直して少し姿勢を正し、先輩らしく助言をしてみる。
「挨拶は……しようとは勿論思うのですが、する為に視線を合わせた瞬間逃げられてしまうことが多く……」
「そう……」
思わずペトラは溜め息を吐いた。……まあ無理はないだろう。
ジョゼには悪いが、その顔では仕方が無い。
「じゃ、じゃあ……笑ってみなさい。
笑えば向こうの人も貴方が見た目程怖くないって理解するかもしれないわ。」
「笑う。」
「そうよ。はい、じゃあ今笑ってみて。」
「………………。」
ペトラは先程よりももっと深い溜め息を吐く。
笑顔というか……それはただ顔面がひきつっているようにしか見えなかった。
そして平素の表情よりも数倍恐ろしいものになってしまっている。
これは駄目だ……とペトラは腕を組んで考え込んでしまった。
(さっきみたいに自然に微笑むことは意識しては無理なのかしら……)
そう思い、「ジョゼはちゃんと笑えばかわいいと思うんだけどね…」と呟く。
「…………………。」
彼女の言葉に、ジョゼはただ無言で机の上で組んでいた掌を組み直した。
しかし、徐々にその頬が色付き…耳まで朱色になっていく様子が薄暗いランプの灯りの元でも分かる様になる。
(照れてる……。)
慣れてくれば凶相もなんてことはない、あまりにも分かりやすい反応をペトラはまじまじと見つめてしまった。
見れば見る程ジョゼは堪らなくなってしまうらしい。遂には俯いてしまう。
(………かわいい。)
少し意地悪かしら、と思いつつもそれから目を逸らさずに…ペトラは素直にそう思った。
……………やがて少しずつジョゼの肌の赤みは収まっていき、元の白い頬へと戻る。
それを眺めるペトラは終始優しく笑っていた。
そして未だに少しの熱が残る自分の頬に軽く触れながら…ジョゼは、「私もペトラさんみたいな優しくて笑顔が綺麗な人になりたいです……。」と零す。
この発言を受けて、今度はペトラがじわりと赤面していく番となってしまった。
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