ふと…夜の闇と静寂に染まり切っていた城内がやにわに騒がしくなる。
……………樫の扉の方からだ。
誰かがやってきたらしい。だがノッカーの音は無い。
まるで我が家のように勝手知ったる様子で、複数の足音がこちらに近付いてくる。
ペトラとジョゼは思わず不思議そうに顔を見合わせた。
そして、何事か想定外の事態が起こった可能性を考え…少しの緊張が辺りに広がる。
しかし二人が向かい合ってテーブルに着席した部屋の扉は明るく賑やかな声と共に開かれた。
「おーい、帰ったぞ…、」
そこにはペトラが随分と見慣れている仲間たちと上官の姿があった。
しかし皆一様に、古城にはペトラ一人だと思っていたので…室内の人物が二人いることに驚いた風だった。
勿論ジョゼも急にやってきた一行の方を見る。毎度お馴染みの鋭い目付きで。
しばし彼等は見つめ合ったまま動かなかった。先程のペトラの時と同じ様に。
(((顔、怖っ……………。)))
そしてリヴァイ班の面々も例に漏れず…ジョゼ・キルシュタインに抱いた第一印象はこれであった。
………予想し得なかった訪問者の存在に対して、リヴァイが足を一歩踏み出して距離を詰める。
ジョゼもまた着席したまま彼を見上げた。
凶悪な視線と視線がぶつかる。その間に火花すら見えてきそうだ。
しばらくして、リヴァイはようやくゆっくりと口を開き…「………いつぶりだな。」と呟く。
まるで因縁の対峙とでも言うような語調である。
「ええ。リヴァイさんもお元気そうで何よっ」
だがジョゼがそれに応えようとした瞬間、その頭はすぱんと気持ちの良い音を響かせてリヴァイに叩かれる。
「………………????」
突然叩かれたジョゼは非常に驚いて目を見張った。
その間に彼は一気に彼女との間合いを詰め、その襟首を掴みあげる。
「おい……。睨んでんじゃねえよ、その反抗的な目付きは健在なようだな」
「睨んでなんか無いですよ……。」
「嘘をつけ、嘘を。親の仇にでも会ったような顔して何だこのハシビロコウ。
お前やっぱり俺に何か恨みでもあるんだろ。ハッキリ言えよ、何なら拳で解決してやる。」
「ひええ」
迫る来る自身と同等の凶悪な顔面を避ける様にジョゼは身体を仰け反らせるが、襟首をきっちりと掴まれている為それは適わない。
彼女は突然の謂れ無い罵倒、そして理由の無い暴力の予感に少々涙目になった。
「へ、兵長……。落ち着いて下さい。その子悪気は無いんですよ。」
ペトラは若干理不尽に思える発言をする上官を宥めるつつ、ジョゼに助け舟を出す。
彼女の発言にハッとした様に、入口付近で固まっていたエルドも互いを睨み合う(様に見える)二人の間に割って入る。
「兵長、今は我々もくたくたなんですから新たな問題を呼び込まないで下さいよ。」
「呼び込んでねえよ。勝手に大問題が俺たちの領域に鎮座していやがったんだ。
だって見ろよこいつの顔。少しでも隙を見せてみろ、俺たち全員生かして朝日を拝ませねえって言ってるぞ」
「言ってませんよ……」
「お前は黙れ怖い顔喋ると余計怖えんだよ」
「ひどい……。」
増々強く締め上げられるジョゼの襟元であったが、それをエルドは溜め息交じりに剥がす様に促してやる。
リヴァイが渋々掌を離すので、ようやく新鮮な空気を吸えることに安堵して彼女は一度深呼吸をした。
「今日早く帰って来た理由は何も喧嘩をする為じゃないでしょう。制服から察するに彼女は調査兵団の新入りです。
過去に何があったかは知りませんが今は堪えましょう。」
「んなことは知っている。だが俺はとにかくこいつの顔が気に入らねえんだ
おい、ジョゼだったよな。ちょっと首だけ何かと挿げ替えて来い。」
「無茶を言う……。」
ジョゼは少々困った様に呟いた。
………兄と顔は大体同じなのに、ジャンは精々馬面と揶揄されるくらいで何故自分はここまで言われなくてはならないのか。不公平である。
恐らく……同族嫌悪に近いものなのだろうか、とその様子を見守っていたペトラは考えた。
そしてこれから調査兵団での生活において散々リヴァイに罵倒し尽くされるジョゼの未来を思って…少し、同情する。
「ああ、でも……。そうよ、何故今日帰って来たの?戻るのは明日になると言っていたじゃない。」
しかし…まあ。それはそれと置いておいて、話題を切り替える様にペトラはジョゼを心配そうに見下ろしていたエルドに尋ねた。
………途端に彼は何やら照れ臭そうにする。そして「いや…あの。」と口ごもった。
「お前の誕生日だからだよ。」
若干膠着しかけていた場にグンタの落ち着いた声が響く。
その発言に思わず面食ってしまい、ペトラはその方を見た。
「祝うのは明日でも良いかと思っていたんだがな…。皆どういう訳か思うところは同じだったらしい。
努力の甲斐あってか面倒事を色々と乗り越えて、今夜ここに戻ってくるに漕ぎ着けることが出来た。」
「おう、苦労したんだぞ。」
その後ろに控えていたオルオが労えとばかりに口を挟む。
だが色々なことに驚いて思考が停止してしまっているペトラにそれはまるで届いていなかった。
「まあ何だ…。誕生日おめでとう、ペトラ。」
未だ少々照れ臭そうにしながらエルドが言う。
それに付け加える様にリヴァイが「お前もまたひとつババアに近付いた訳だ」と言いながら彼女の頭をポン、と軽く叩いた。
「兵長…女性に対してババアとか言っちゃいけませんよ。」
それに対してグンタが軽く諌める様に言うのが少し遠く聞こえる。
……………段々と、自分の為に今日皆がここにまで戻って来たことを実感したペトラは…あまりのことに、ほんの少しだけ泣きそうになった。
そしてやっとの思いで小さな声ではあったが、「ありがとう…ございます。」と礼を述べた。
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