…………どのくらい眠っただろうか。
肩をゆっくりと揺さぶられて、目を覚ます。
焚火の橙を背景に、ジョゼがこちらを見下ろしていた。
辺りは静かである。吹雪は一旦止んでいるらしい。
薪が燃え落ちる残響が微かにして、そしてそれの間を縫っては雪が降り積もりゆく音が聞こえてくる様に思えた。
「………おはよう。」
まだ夜だけど。
そう言って、ジョゼはちょっとだけ笑った気がした。
火の番の交代の時間らしい。
僕もまたおはよう……。と未だ舌足らずの声でそれに応える。
「何か異状はあった……?」
ぼんやりとしながらそう尋ねると、彼女は首を横に振った。
「何も異常はないよ。」
吹雪が収まった所為か寒さはあまりひどくなかったが、単調な、広漠たる、あらゆるものの音を呑み込んでしまうように沈黙している雪が、辺り一面に空虚な気配を広げている。
ジョゼはじっとそれに感じ入るように目を閉じた後にゆっくりと開き、「でも……すごく、静か。」と呟いた。
そしてふいに洞窟の入口を見やる。
外はただ、雪が降り続けているのみであった。
月もなく、日もなく、樹もなく、草もなく、路もない。
真っ白な、茫漠とした世界が広がっている。
そこからそろりと差し込んでくる冷たくて静かな光が彼女の横顔を照らしていた。
そしてそのときに……世界には、僕とジョゼの二人きりになってしまったような……そんな、不思議で幸せなような妄想に駆られてしまう。
「…………おつかれさま。じゃあまた交代の時間がきたら起こすから、それまでゆっくり休んでな……。」
そう言えば、ジョゼは瞳だけこちらに向けて、分かった、というようにする。
僕は毛布の中から這い出ては身を切るような寒さに少々眉をしかめた。
……すると、それに気が付いたらしいジョゼが今まで自分が身につけていたマフラーを解いて、ゆっくりと僕の首へと巻いていく。
「え………。」
突然のことに小さく声をあげてしまった。
「…………すごく寒いから、巻いておいたほうが良いよ。」
彼女はまた、ね、と付け加えては少し首を傾げる。
「じゃあ私は寝るね。」
あとはよろしく……と言って、ジョゼは自分の毛布の元へと向い、そこにしっぽりと潜り込んでしまった。
(……………ジョゼのマフラーか。)
深い青色をしている。彼女の唯一と言って良い女性の友人とは対照的な色であった。
自分の首から垂れ下がる端の方を手に取って、じっと眺める。
そして顔にあたる少々毛羽立ったその縁を、そっと頬を寄せた。
――――――彼女の匂いがした。
石鹸と、さっきのコーヒーと……それから何だろう。やっぱり女の子なんだな、甘い匂いがちょっとした。
それに包まれていると、堪らなく幸せで、でも胸の奥がぎゅうと掴まれたようなすごく苦しい気持ちになった。
…………ジョゼは、もう自らの毛布に包まってはぴくりとも動かない。
寝相は悪くはないのだろう………。ベルトルトとは違って。
いや、寝相が良いと言うよりむしろ死んだように眠るという表現が近いのかもしれない。
…………もう、寝ているのだろうか。
寝息が聞こえてくることは無いけれども。
僕は、ジョゼのマフラーをもう一度巻き直しては、また彼女の存在を強く感じる。
こちらに背を向けて眠っているジョゼの方を再び見た。
そして消えかかってしまっている焚火の方へと向かい、もう一度大きく火を起こした。
→